« 天地真理71 ひとりじゃないの(6) 偏見 | トップページ | 辻井伸行 日本ツアー2012 鑑賞記 »

2012年11月30日 (金)

天地真理72 ひとりじゃないの(7) 良響歌

最近知ったのだが、亀田誠治さんというアレンジャー・プロデューサーの方が、
ご自身のホームページで、「亀田大学教養学部」の第1回の講義という形で、
7歳だった当時、天地真理さんのアルバム「ギフト・パック・シリーズ」
(1st並びに2ndアルバムから抜粋した11曲に「虹をわたって」を加えたアルバム)
を、The Beatlesのアルバム「
something new」、クラシック名曲集と並ぶ、
音楽体験の原点として挙げられておられる。

”現在の僕のルーツだと言えるアルバム
”だと語っておられ、、
当時、”カワイい”ということで天地真理さんに興味を抱いたわけではなく、
”音楽”として心に刺さったと証言しておられる。
ここに、アイドルというものの世間的イメージなどの、
粉飾概念からは完全に解き放たれた、素直な受け止め方の典型がある。
そしてそこで、
”サウンドとして優しくふくよかで、洗練された女性ボーカルもの”

という認識で、”カーペンターズやオリビア・ニュートンジョンと繋がって”いると
主張されている。

私はこれを読んで、随分すっきりしたような気分になった。
そういえば当時、カーペンターズもしょっちゅうラジオから流れていて、
歌詞の意味も大して理解せぬまま、
私自身がその独特の響きの声に好感を持った記憶がよみがえった

同時に、天地真理さんの歌も、元を辿ればそれと同様に、
当時の他の歌謡曲や演歌とは異なる、
いい響きの、洗練された女性ボーカルとして聴いていたのではなかったか、
という、記憶
の彼方の思いが甦ってきたのだ。

それが何らかのテレビのイメージや、そこでの演出のされ方、
そこでの歌の扱われ方などと、
前項で触れたような、私の中の何らかの先入観や当時の価値観などとが
相互に作用してしまって、
目をそらし、
本質を見失ていってしまったのではないかと思う。
私の中の引っ掛かりのようなものは、
やはりその本来の、”いい響きの、洗練された女性ボーカルとして聴いていた”
理屈抜きの原体験に
ったのではないかと、腑に落ちたような気分になった。
それこそが、私だけのことに限らず、
年間アルバム売上で1位と3位を同時にとってしまう

ごく単純な原動力でもあったのではないだろうか。


振り返ってみると、カーペンターズのカレンの声も、
音域や地声であることなど違うところも多いが、
倍音豊かな響きの良い声が魅力の核になっていたように思う。
グループサウンズ、演歌、フォークなどとして分類されていた当時の日本の歌の世界は、
こぶし、うねり、唸り、ドス、泣き、などまで交えた過剰な表現力の追及の果てのようなものと、
逆に歌唱表現にほとんど無頓着で、その点ではほとんど素人同然のようなものが混在していた中、
流行歌ならぬ、”良響歌”とでも呼びたくなるものが
私が求めていたものではないかと思う。

私のイメージする、そして求める”良響歌”の基準は、
声の響き自体の心地よさを核として、
音楽の基本となる音程やリズム、ビブラート、言葉の発音、などが
洗練されている歌、
と言い表せる。

同時に、このタイプの歌にとっては、
過度な表現手法や、歌詞を通じた過度なメッセージ性はあまり相性が良くな
く、
かえってその良さを損ねてしまう、と言えそうである。

今から思えば、当時の私の偏屈な精神にも、
アルバム中の曲、例えば前に
ここでも触れた「なのにあなたは京都にゆくの」や、
その後の「この広い野原いっぱい」のような歌を、
当時のラジオ
等、何かのきっかけで聴いていれば、
私の天地真理さんの歌そのものへの認識や注目度は変わっていたかもしれない。

シングルレコードは、その歌手に対する小さな覗き窓であ
その巧みに企画
、特化された一断面の中からどのような可能性を聴き取って、
アルバムへと聴き進んでいくか、だろう。
テレビは、その歌手のある側面を無防備に映し出す、棘のような刺激なのではないか。
あるいは、その歌手の様々な魅力を映し出すものでもある一方、
過剰な何かを与えてしまうのではないか。

そんなものの中で表現される、その人の様々な側面、様々な魅力は、
その人への引力となって、その人の本質に気付くチャンスを与える一方で、

それらに惑わされ、誤解し、本質から目をそらす斥力ともなる危険性をはらんでいたかもしれない。


今年10月からFM軽井沢
「天地真理ミュージックコレクション」と題し、
毎週土曜日17:45~18:00 (
第一回目は10月1日)
に天地真理さんの音楽だけを放送する番組が始まった。
ここではシングル版としてヒットしたものを流すというだけでなく、
アルバムに残された数々の隠れた名唱から選ばれた歌をも放送されるようである。

このFM軽井沢はインターネットで全世界で聴くことができる。
新たな出会いであっても、
また私のような、過去の何らかの小さな縁からの再会であっても、
今ならその良さを素直に感じてもらえるのではないかと期待する。

                                    (「ひとりじゃないの」の項 終)

« 天地真理71 ひとりじゃないの(6) 偏見 | トップページ | 辻井伸行 日本ツアー2012 鑑賞記 »

天地真理」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/569269/56061092

この記事へのトラックバック一覧です: 天地真理72 ひとりじゃないの(7) 良響歌:

« 天地真理71 ひとりじゃないの(6) 偏見 | トップページ | 辻井伸行 日本ツアー2012 鑑賞記 »

2016年1月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

最近のトラックバック

ウェブページ

無料ブログはココログ