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2012年10月12日 (金)

天地真理66 ひとりじゃないの (1)年間アルバム売上

「ひとりじゃないの」 作詞: 小谷夏、作曲: 森田公一、編曲: 馬飼野俊一


この曲はシングルレコードとして、自身の最高のセールスを記録したとのことで、
天地真理さんの最大のヒット曲とされている。
残念ながら私は、そのシングルレコードセールスには当時貢献しなかったが、
当時片田舎に住んでいた私にも、主としてテレビを通じてその勢いは伝わってきた。
そして、恐らくそれによって、
天地真理さんといえば「ひとりじゃないの」が代表曲であるというイメージが
私の中には出来上がったように思う。
この曲は東日本大震災の復興応援ソングとして使われたことからもわかるように、
普遍的なメッセージソングとしても認められている曲だが、
ここでは、この曲にまつわるいくつかのことについて、私なりに考えてみたい。

前シングル「ちいさな恋」に続いてこれもオリコン週間シングルチャート1位を取ったのだが、
天地真理さんはこれらによって、創立4年のCBS・ソニーにとって、
初の「1位獲得アーティスト」の称号をもらっているとのことだ。
この曲を出す頃には、真理さんはCBS・ソニーとしても最も力が入る立場にあったわけだ。

興味深いのは、当時のLPレコードの方の状況である。
オリコンの1972年の年間アルバムヒットチャートベスト10によると、
この年1位(水色の恋/涙から明日へ)と3位(ちいさな恋/ひとりじゃないの)に
天地真理さんのLPが入っているのだが、その他の顔ぶれをみると、
日本人では、よしだたくろう(2位)、小柳ルミ子(6位)、布施明(9位)、とあり、
それ以外は海外のアーティスト、サイモン&ガーファンクル、カーペンターズ、
ビートルズ、ポール・サイモンとある。
年間で、洋楽も含めたベスト10で、しかも特に洋楽の面々が
私からすると歴史に残る錚々たるアーティストであって、
そんな中で1位と3位を取っているこの事実には感慨を持たないではいられない。
また、ちょっと意外なことだが、当時3人娘とうたわれた方々で、
年間アルバムヒットチャートベスト10に入ったのは、
上記に挙げた小柳ルミ子さんがライブ録音のもので6位に入ったのみで、
南沙織さんは入っていない。
人気があっても、またシングルが売れても、必ずしもアルバム年間トップ10を取れるものではないようだ。
大胆にいえば、この時期天地真理さんは、アルバムをこそ買うべきアーティストだと認められていた、と言ってしまえなくもない。

ちなみにその前年(1971年)のベスト10に入った日本人アーティストは、
クール・ファイブ/藤圭子、森進一、尾崎紀世彦、であり、
天地真理さんをアイドルとしてみなすには少々異質な存在であったことが窺われる。
この後、女性アイドルとしてみなされた歌手でベスト10に入った方を挙げてみると、
チェリッシュ、荒井由美さん、ハイ・ファイ・セット、中島みゆきさん、久保田早紀さんらは別として、
ピンク・レディー(1978年1位、ただしベスト・ヒット・アルバム)、
松田聖子さん(1980年8位、以降1位はないが数回ランクイン)、
中森明菜さん(1983年4位、8位、10位、以降1位はないが数回ランクイン)、
荻野目洋子さん(1987年1位)、
などとなっている。
1970年代での比類のなさ、
また時代が進むにつれて、そこに現れるアーティストの顔ぶれ、種類、
アルバム販売側の戦略、アルバム購入層の意識、
なども変わってきていることから考えると、
天地真理さんの年間アルバム1位と3位がいかに突出した実績かということが
認識されるのではないだろうか。

天地真理さんのアイドルとしての爆発的人気はまだこれからなので、
「時間ですよ」というテレビドラマでのイメージの大きさは否定できないものの、
また年間3位となった方のアルバムには本人のナレーションとピアノ演奏の入った
シングルレコード付きという特典があったものの、
その後の大方のマスコミイメージに反して、まずその歌が大衆の心をとらえるところから
この方の経歴は始まってもいたという事実を、これは刻印しているといえるだろう。
平たく言えば、「となりの真理ちゃん」というキャッチフレーズのもと、
親しみやすさと、ちょっととぼけた雰囲気を感じさせるドラマのイメージと同時に、
それまでのシングルレコードやドラマ中歌などを通じて、
歌をきちんと聴いてみたい歌手としても認知されていた、と言えるのではないか。
そして、その一方で、
天地真理さんの人気そのものは、1972年後半、1973年と、
より大きなものになっていったにもかかわらず、
またシングルレコードはその後も1位を取っていたにもかかわらず、
年間アルバムチャートベスト10にその名が現れることがなくなったのは何故なのか、
という疑問もわく。
その後のアルバムそのものの出来を見ても、
それまで以上に洗練されたものになっていっていて、
繰り返し聴くに値するものが増えこそすれ、
決して質的に劣るものではないと思えるのだからなおさらである。
もちろん、その後急にアルバムが売れなくなったわけではなく、
続くアルバムも週間チャートではそれぞれ2位、1位、1位と続いたわけだが、
1972年のファースト、セカンドアルバムの年間の輝かしさと、
1973、4年の人気のより一層の大きさを対比してみたとき、
なぜか釣り合わない不自然さを感じてしまう。

一つの解釈として、当時LPレコードは、
洋楽や井上陽水さん、小椋桂さん、荒井由美さんのように、
音楽そのもののクオリティで勝負している、という印象があるものをLPでこそ聴くべきという、
音楽好きのステータスの一種として扱われてきた感がある。
そして、「ひとりじゃないの」の後に続く天地真理さんのヒット曲、
「虹をわたって」「ふたりの日曜日」などが、
清純アイドル路線や、ある種のイメージ(メルヘンチックで、恋愛や人生の深いところへは立ち入らない、など)を守るため
周到に用意されたものとなっていったことや、
「真理ちゃんシリーズ」などのテレビのバラエティー番組でのイメージが、
”音楽そのもののクオリティで勝負している”という印象や、
”LPでこそ聴くべきという、音楽好きのステータス”から逸脱してしまったと
受け取られたのではないかとも考えられる。
とりわけ「真理ちゃんシリーズ」の影響で、
拡大した人気は、かなり低年齢層への広がりであったことも影響した可能性もある。
拡大した低年齢層への人気の維持のための戦略と、
それまでのアルバムセールスに貢献した成人に近い層への戦略の両立の困難さは、
アルバム企画側としては大いに悩まされたことは想像できる。


  断っておくが、YouTubeで知ることができる「真理ちゃんシリーズ」での挿入歌などでは、
  天地真理さんは、その歌のジャンルは子供っぽい分野に偏ってはいるものの、
  ことごとく素晴らしいと思える歌唱を見せていて、
  歌唱の質的なものは、決して評価を損ねるものではなかったはずだ。
  むしろこの方の歌を再評価する上でも、この「真理ちゃんシリーズ」の復刻は
  大きな役割を果たすだろう。

当時テレビに出ないアーティストのLPが売れる、といったようなフレーズを聞いたことがあったが、
確かにいつもテレビで見れるならそれ以上アクションを起こす必要はないといった心理が
働くことも否定はできないものの、
テレビに出過ぎる、ということ自体よりも、
拡大した人気の相手のかなりの部分がLP購入層ではないことや、
テレビでのイメージと、LP購買層の動機とのずれが生じていったことなどが
影響したのではないかと思われる。

一説によると、天地真理さんの人気の陰りは、
その後に現れた、親しみやすさを売りにしたアイドルや、
「スター誕生!」などから見出された未成年アイドルなどに脅かされたことが挙げられることがあるが、
それらの中には歌手としての実力がある人もいたにもかかわらず、
上記の年間アルバムチャートベスト10にはあがらなかった事実を見ると、
歌手としての受け入れられ方も含めた存在の大きさの観点からは、
天地真理さんを脅かす存在は、松田聖子さん、中森明菜さんが現れるまでは、
いなかったと考えられるのではないか。
そして、天地真理さんの歌手としての、内実と大衆理解との隔たりは、
あまりに、しかも広い層に急に人気が出てしまった運命のいたずらであったり、
アイドル性と歌手としての価値の双方に比類のないスター性をもつアーティストに対しての、
前例がないゆえの、より息の長い活動のための戦略の稚拙さ、
にあったのではないかと考えれば、少しは納得がいく。


天地真理さんの歌手としての評価を、年間アルバム売上実績にすがって考えてみたが、
当時の人気の凄さとアルバムの良さが、なぜその後の歌手としての評価に結び付かなかったのか、
自分を少しでも納得させるために、ついつい考えてしまった。
そろそろ本題の「ひとりじゃないの」という歌について触れていきたい。

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コメント

70年代前半のLPチャートに興味を持ったので、Wikipediaの「Template:オリコン週間LPチャート第1位」を眺めてみました。

70年の週間1位は、藤圭子と森進一の演歌の二人で独占。なんと、藤圭子は、3月末から12月末まで連続。
71年は、サイモン&ガーファンクとルエルヴィス・プレスリーの洋楽の二人で独占。
72年は、天地真理と吉田拓郎の二人で独占。
73年は、天地真理、チェリッシュ連続、かぐや姫、ビートルズ。
74年は、井上陽水、カーペンターズ連続、かぐや姫。
75年は、井上陽水、布施明、小椋佳、カーペンターズ。
76年は、井上陽水、荒井由実、中村雅俊、ベイ・シティ・ローラーズ。
77年は、ハイ・ファイ・セット、ベイ・シティ・ローラーズ、宇宙戦艦ヤマト、石川さゆり、ピンク・レディー。
以降、現在に至るまで、ある人が、独占、連続という状況はあまりなく、入れ替わりが激しくなっているようです。

オリコンのLP集計が、70年からスタートしたばかりで、今思うと、データの精度にはやや疑問も残るのですが、70年は、酒場演歌一色、その反動なのか、71年は、洋楽の大人しいフォークやロックが流行り、そして、72年は、天地真理さんと吉田拓郎のフォークが花を開いたわけですが、このような70年代前半のLPの購買状況は、やはり、団塊の世代の動向や志向が大きく影響していたように感じます。

70年の藤圭子は、まだ17、8歳で、美人顔でアイドル的ですが、その生い立ち(中卒、流しの歌手)とハスキーな声を背景に、アングラ的な雰囲気にもかかわらず、世間に広く受け入れられた。天地真理さんは、藤圭子よりも1歳年上ですが、非常にピュアなイメージと澄み切った歌声、音高卒でピアノも弾けるなど、藤圭子のもつイメージとは対極的だったことから、団塊の世代に大ブレイクしたのではないでしょうか。

今聞いても、72年に制作された3枚のLPは、素晴らしいものが多く、私は、大好きです。
<オリコン週間LPチャート第1位 1972年>
http://ja.wikipedia.org/wiki/Template:%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%B3%E3%83%B3%E9%80%B1%E9%96%93LP%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%88%E7%AC%AC1%E4%BD%8D_1972%E5%B9%B4

真さん
いよいよ「ひとりじゃないの」ですね。

誰がファースト&セカンドアルバムを買ったのか?これは私も以前から興味を持っていることです。
また、指摘されるとおり、アルバムの売上の動きは人気の動きと微妙にずれています。これはどうしてか?

私が関連したテーマをブログで取り上げたとき、興味深いヒントを与えてくれたのがchitaさんでした。
そのご本人のコメントが先に入っていますが、その中でも団塊の世代について触れられています。LPレコードの価格を考えると団塊の世代こそ主な購買層ではないかということですね。そしてこういう購買層の生活の変化も含めて考える必要があるのではないかということでした。

私も団塊の世代の最後尾になりますが、天地真理さんが現れたのは私が大学を卒業する頃です。当時の就活スケジュールで言うと、セカンドアルバムの発売以降くらいに採用試験が続く時期に入って忙しくなります。そして就職すると音楽を聴く時間的な余裕もなくなってくる。そういう自分自身の経験からもこれは一つの大きな要素ではないかと思います。

そして一方で真さんが指摘されるようなファン層の拡散、プロダクションやマスコミによるイメージの固定化などの要素がからみあっていたのでしょうが、そのへんは私ももっと調べてみたいと思っています。

いずれにしても1972年のアルバムにおける真理さんの実績はやはり特筆されるべきものですね。

chitaさん

コメントありがとうございます。
chitaさんが挙げられた、週間LPチャートに現れる面々は
ほぼそのまま、私が見た年間チャートのリストに対応していますね。
そして上記記事では天地真理さん以降の存在として
松田聖子さんと中森明菜さんを挙げましたが、
その前はということになると、私には意外でしたが、
おっしゃるように藤圭子さんということになるようです。
1970年の年間アルバムヒットチャートによれば
1位と5位が藤圭子さんで、これは空前絶後の現象とされていたようです。
ついでですが同年の2位、4位、10位が森進一さん、7位、9位、10位が青江美奈さんとなっています。
天地真理さんは、演歌と洋楽に占められていた当時のアルバム売上の世界に
初めて上位で割って入ったという意味でも、偉大な存在であったわけですね。
それにはそれなりの大変大きな力があったわけで、
私などがまだ語りつくせていない何かがあったように感じます。
またアルバムヒットにおける天地真理さんと藤圭子さんの対比も、考えてみれば面白く
時代背景や団塊の世代の心理とからめて見れば、それだけで一冊の本が書けそうな気もします。
ちなみに藤圭子さんの娘、宇多田ヒカルさんが
1999年、2001年、2002年、2004年の年間チャート1位にあがっていて、
しかもファーストアルバムは日本でのアルバム歴代売上1位となっているようで、
これまたとんでもない記録です。
アルバムが売れるための何かを親子で持っている、ということなんでしょうか。
藤圭子さんから宇多田ヒカルさんまでを一旦ひとくくりして、
アルバム売上の民俗学として考察することもできそうな気がします。

ひこうき雲さん

コメントありがとうございます。
以前にもひこうき雲さんのブログで拝見しましたが、
ご自身の体験を踏まえた、団塊の世代の時間的余裕などの観点は、
説得力があるように思います。
集団心理を根拠を持って説明することはなかなか困難なことだと思いますが、
ひこうき雲さんの一貫した、事実からたどるアプローチの仕方には、
常に感銘を受けます。
また、たとえ厳格にとまではいかなくとも、
集団の中の一個人の境遇(時代背景)や体験、思いなどの一つ一つを振り返ることは、
事を理解する上での、結局は鍵となるものだと思いますし、
私などは、それが半分自分探しのような、ある種の感慨につながるように思われます。

 藤圭子(天地真理さんと同じ歳でした)が、なぜ70年に大ブレイクしたかについては、輪島 裕介氏(74年生まれの阪大准教授)の『創られた「日本の心」神話(「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史)』 (2010年10月発売)という学術論文的な本のなかに、とても説得力のある分析がなされています。(後述を参照)

 この「演歌」の分析を見ていると、藤圭子の異常なブレイクがあったからこそ、天地真理というスーパーアイドルが誕生したのではないかと、私には思えるのです。

 70年代前後の流行歌、大衆音楽の流れは、LPの売り上げが表すように、GS→演歌→<天地真理>→「3畳一間」的なフォーク→ニューミュージックとなっております。

 演歌とフォークの間に、天地真理さんは、挟まれていますが、彼女自身の自然体のものとして、演歌とフォークがうまく融合していた歌手だったからではないでしょうか。これは、業界人の誰により作為的に作られたものではないと思います。

 音高卒で、カレッジフォーク(エリート層の大学生の道楽)に親しみ、一方、生い立ちは演歌的です。また、地声は、ハスキーで演歌向きですが、ファルセットによりカレッジフォーク調になり、ハスキーなファルセットの独特な魅惑的な歌声になっています。

 さらに深読みすれば、全盛期73年にオープンした天地真理さんの母親の居酒屋は、なぜ新宿なのか、これがまさに演歌的です。また、残念なことですが、根も葉もない噂が広まってしまったのも、大衆が、無意識ながら、演歌的な要素を彼女に求めたからではないでしょうか。

 演歌でもなくフォークでもないということが、異常な大ブレイクを生み、逆に、天地真理さんの歌手生命を中途半端なものにしてしまった感は否めませんが、今でも、時代を感じさせず、新鮮で、心地良く受け入れられるものが、天地真理さんのレコード、CDにはあると思います。

ーーー『創られた「日本の心」神話』の記述ーーー

◎「演歌は日本の心」と聞いて、疑問に思う人は少ないだろう。ところが、それがたかだか四〇年程度の歴史しかない。

◎やくざやチンピラやホステスや流しの芸人こそが「真正な下層プロレタリアート」であり、それゆえに見せかけの西洋化=近代化である経済成長に毒されない「真正な日本人」なのだ、という、明確に反体制的・反市民社会的な思想を背景にして初めて、「演歌は日本人の心」といった物言いが可能となった、ということです。

◎30年代までの「進歩派」的な思想の枠組みでは否定され克服されるべきものであった「アウトロー」や「貧しさ」「不幸」にこそ、日本の庶民的・民衆的な真正性があるという1960年安保以降の反体制思潮を背景に、寺山修司や五木寛之のような文化人が、過去に商品として生産されたレコード歌謡に「流し」や「夜の蝶」といったアウトローとの連続性を見出し、そこに「下層」や「怨念」、あるいは「漂泊」や「疎外」といった意味を付与することで、現在「演歌」と呼ばれている音楽ジャンルが誕生し、「抑圧された日本の庶民の怨念」の反映という意味において「日本の心」となりえたのです。

◎五木が小説などで提示した「不幸な生い立ち」「暗さ」「怨念」といった少女歌手像を体現する存在として藤圭子が売り出される。藤圭子は演じられたフィクショナルなキャラクターを売る(しかもオーディエンス側もそれを織り込み済み)という点で最初のアイドルでもある。

◎演歌の健全化として、アウトローの音楽というイメージから清純化・家庭化したのが、小柳ルミ子。

chitaさん

大変興味深いことをご紹介いただきありがとうございます。
いろいろ考えさせられ、返事が遅くなってしまいましたことをお詫びいたします。

藤圭子さんや演歌に対して、深入りしてはいないものの、
私自身同時代に受けた印象もないわけではなく、
それと照らし合わせてみた時、ご紹介いただいた本の記述は、
スッと頷けることもあれば、納得のためには原典の文脈を咀嚼する必要を感じる部分もあります。
ただ、そのアプローチの仕方には、私が思いつきで「アルバム売上の民俗学」といったことに通じる何かを感じさせられました。
とにかく読ませていただこうと思います。

chitaさんが「演歌とフォークがうまく融合していた歌手」としてとらえられた図式は、
集団心理として本当にそのような構図が、
アルバム購入などのファン心理の背景に実際に働いていたのかどうかは別としても、
天地真理さんの背景と、その頃の音楽史の流れとが、
実によく照合しているように、私にも感じられます。

単純に音楽だけの観点からみても、
chitaさんが「演歌的」とおっしゃるこの方の生い立ちや私生活部分と(これには妙に納得させられました)、
ご本人の志向や憧れとしてのフォークと、
そしてスキルとしてのクラシックやピアノの素養の3つが、
少なくとも必須の要素としてこの歌手の歌を作り上げていると感じられます。

「ピアノ」は三種の神器とは別の意味での耐久消費財の象徴の一つで、
ご紹介の本の図式的に言うと、
この方の生い立ちにおいては、「ピアノ」や「クラシック」が、
「演歌的」プロレタリアートからの脱却の象徴だったのかもしれませんが、
必ずしも「クラシック」は居心地の良いものではなかったのではないかと疑っています。
そんな中で、ご本人が青春時代に見つけたのが、
ジョーン・バエズに代表されるようなフォークでしたが、
あくまで指向のレベルでの短絡的イメージですが、この構図は、
演歌的生い立ち→脱却先としてのクラシック→カレッジフォーク となっていたように思えます。

ただ、「流し」や「夜の蝶」といった演歌が扱う素材の背景にある心は、
民謡を出発点に「反戦」や「公民権運動」などに繋がっていく米国のフォークと、
プロテストソングという「意思」の部分では違ってはいるものの、
実は根っこは同じで、生活苦などをテーマとした民衆心理につながるもののように思えます。
フォークは日本ではまた独特の発展を遂げますが、
その曲調の素朴さや演奏形態(例えばアコースティックギター1本の伴奏)など
基本的部分でも演歌との共通点が見られます。
何かから脱却したようでいて、根っこは同じで、扱う素材が別のものに移っただけ、とも思えます。
変わったと言えば「演歌」には「不幸」という印象が付きまといますが、
「フォーク」には「不幸」ではなく「寂しさ」のような印象があるところでしょうか。
天地真理さんの生い立ちにおける母娘2人の生活は、
恋人同士でないだけで「四畳半フォーク的」とも感じられます。

chitaさんが示された、演歌→<天地真理>→フォーク という流れが
天地真理さんの演歌的生い立ちとカレッジフォーク的ファルセットという、
演歌とフォークが融合したかのような、図式的わかりやすさを含んでいることはあるとしても、
最後に指摘されている「演歌でもなくフォークでもない」歌のイメージが
やはり一方で強い印象としてあり、
音楽的に見た時に、演歌→<何か>→フォーク
として大衆に純粋に音楽的に期待させたものがあったようにも思われます。
演歌でもフォークでもクラシックでもなく、アイドル歌謡でもない、
演歌とフォークと矢印で結んでいいかどうかも疑問で、
それを何と呼んでいいのか、今一ついい言葉が浮かばないのですが、
そこに、単に青春時代に聴いた懐かしい歌、
あるいはその時代の流れの中での必然的なものという以上のものを、
今音楽として感じる理由があるように思っています。

はじめまして、bellwoodと申します。いつも真さんの鋭い分析と深い洞察に敬服しつつ拝読させていただいております。
遅れたコメントで間が抜けてしまいましたが、当時、天地真理さんのアルバムを買っていたひとりとして、個人的な経験をお話してみたいと思います。

1972年に中学2年生だった私は、映画「虹をわたって」を観て本格的に天地真理さんのファンになったのですが、まずサード・アルバム(虹をわたって)を買い求め、その後ほどなくファースト&セカンドアルバムも入手しています。
もちろん中学生の私にとってLPレコードは高価でしたし、我が家が洋楽などを含めて年間に購入するLPの枚数もひと桁で、数少ないレコードを大切に繰り返し聴いていたことが思い出されます。
それでも私のようなごく普通の中学生が天地真理さんのアルバムを熱心に買っていたことからすると、当時の彼女のアルバム購買層は団塊の世代から中・高生にまで広がっていて、その幅広さによって年間アルバムチャートの上位に押し上げられていたと考えられます。ちなみに、よしだたくろうやサイモン&ガーファンクルの購買層もほぼ同じような状況だったように思います。

その後も私は中学~高校時代にかけて天地真理さんのアルバムを買い続けましたが、おそらく高校~大学時代にかけての購買層もそれ以上の厚みがあったのではないでしょうか。そして1973年以降は団塊の世代が就職とともに離れたのだとすると、その下のこうした世代が天地真理さんのアルバムの購買を支え続け、発売と同時に週間チャートへと送り込んでいたのかもしれません。
以上、客観的な根拠はありませんが私見を述べさせていただきました。

bellwoodさん

コメントありがとうございます。
このようなご経験を聞けて大変うれしい思いです。
bellwoodさんのような方が、当時から天地真理さんの歌を理解し、まさに支えておられたのだと、
敬服いたします。
テレビやシングルレコードに飽き足らず、アルバムまで求められたその当時のご心理を覚えていらっしゃいますでしょうか。
アルバムまで辿り着くきっかけのようなものはあったのでしょうか。
「中学~高校時代にかけて天地真理さんのアルバムを買い続け」
「数少ないレコードを大切に繰り返し聴いていた」
とのこと、その歌への思いは並大抵のものではなかったのではないでしょうか。
上にも書きましたが、1st、2ndアルバムほどではないにしても、
その後のアルバムも平均的な歌手よりははるかに売れていたのであって、
そのように当時から支えておられた方が大勢おられたことは間違いありません。
そのような方々のお話を聞いてみたいと常々思っていましたが、
またお一人、お話をうかがえて大変ありがたいです。

真さん
ありがとうございます。それでは私の経験をもう少し詳しくお話させていただきます。

私は天地真理さんがデビューしてから一年間は、シングル1枚すら持っていませんでした。しかし「時間ですよ」は見ていた記憶がありますし、その後ブレイクしてからも何となく気になる存在ではあったのだと思います。
そこで何気なく映画「虹をわたって」を観に行ったところ、たちまち天地真理さんの魅力にとりつかれてしまいました。何しろ公開中にさらに2~3回は映画館に足を運んだ記憶があります。

そのような遅れて来たファンではありますが、あるヒット曲がきっかけでテレビやシングルから入ったのではなく、いきなり天地真理その人のファンになりましたから、彼女の歌は1曲でも多く聴きたいわけで、当初からアルバムを買い求めたわけです(同時にシングルもデビュー曲までさかのぼって入手しました)。
すなわち私の場合、天地真理さんのレコードを買うようになったきっかけは映画「虹をわたって」に尽きるわけですが、劇中歌ではギターの弾き語りで歌われた「ママの子守唄」が圧巻でした。この説得力のあるパフォーマンスは、中学生の私にも歌手・天地真理の真価を強く印象づけたことを覚えています。

それからは、シングルはもとより新しいアルバムが発売されるのが毎回楽しみでした。特にファンになって最初の全曲オリジナル・アルバム「明日へのメロディー」は名曲揃いで、本当に繰り返しよく聴きました。今でも好きなアルバムのひとつですね。

bellwoodさん

ご経験をお話しいただいてありがとうございます。
「時間ですよ」やその後のテレビなどを何となく見ておられる状況から、
”何気なく”映画「虹をわたって」に行き着かれたあたりに、
何かが始まるときの、混沌の中のひらめき、気付きのようなものがあったのではないでしょうか。
このようなお話には、過去のことながら、どこか心が躍る気がします。
私は「ママの子守唄」は後になってYouTubeで視聴しました。
このようなものに当時触れられたことを羨ましく感じますし、
それに当時から呼応できた感性あってのことと思います。
アルバムを買って当然の成り行きですね。

私にも他のジャンルで、それに似た、何かにのめり込んで行った経験が過去に何度かありますが、
のめり込んで行く過程は、今から思い返すと実に貴重な体験というほかありません。
天地真理さんの歌に関しては、つい2年前に、それに近いことが起こったのですが、
自分の中に、元々気に入る要素はあったとしても、
実際に深入りにまで至るには、偶然も含めたいくつかの条件が必要な気がします。
それにしても、bellwoodさんが経験された、アルバムの発売を待ち望み、
それを手に入れるたびに楽しめるというあの感じは、
実に幸福なひとときと断言できます。

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