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2012年7月 6日 (金)

天地真理65 ちいさな恋 Piano Arrange

これは苦労した。何度も投げ出しそうになった。
出だしのドラムをピアノに置き換えるのはおもしろいと安易に始めてはみたものの、
歌が始まるところから、ピアノだけではどうも格好がつかなかった。

もっとも、最初からこの曲はピアノ独奏には向かないと思ってはいた。
歌を聴くだけではあまり感じられないかもしれないが、
この曲は、リズムが結構はげしい。
ドラムが常に前面で音を刻んでいる。
タンバリンのようなパーカッションも効いている。
中間部を過ぎたあたりからの長調のところでは、
パーカッションが倍のリズムで印象的な装飾を加える。
これらが実に魅力的な音楽を作っているのだが、
その印象をピアノ独奏に持ち込むのは難儀なことだ。
このような場合、ドラムとかを加えて、JAZZのリズムで、
トリオとかにすればいいのだろうが。

しかも、そのようなリズム刻みの一方で、
フルートや弦、そしてピアノが、
しっとりとした、また、どこか影のあるというか、心の中がざわめくような響きを加えている。
一見不釣り合いにも思えるこのリズムと音響が、
実にいい雰囲気を出していると思う。
この曲の魅力の捉え方はいろいろあると思うが、
私が強く受ける印象は、こういうところだ。
楽しいはずなのに、どこか不安で、揺れ動く。
それはピアノアレンジにも生かせないものかと思った。

前奏が始まるところからして、
その独特の雰囲気がピアノだけではなかなか出せないという壁にぶち当たった。
それどころか、原曲の中のピアノの音が結構いい響きで、
その響きすら、なかなか出せなかった。

今回から、少々奮発して、
EASTWEST社のQuantum Leap Pianos という音源の、
スタインウエイのコンサートグランドの音を使ってみた。

  (MIDIによって作成したもので、実際に弾いているのではありません。)

これがなかなか曲者で、
ちょっとタッチを(音量調整を)間違えると、バケツをひっぱたいたような音や、
爆音のような重量感のある音まで出る。
同一音を連打すると、はじけるような音までする。
おまけに同一音量でも、音程によって音色のムラが結構ある。
ある音は柔らかく、ある音はキンと響く。
(これは元のピアノの整音自体にムラがあったのだと思うが)
表現力の幅が広いとも言えるのだが、
クラシックの曲を演奏するならともかく、
このような曲にはどうもなじめないと思い、何度も調整し直した。

そんな中で、ピアノの音は、その音量(タッチ)で美しさや雰囲気が大きく変わることを改めて実感した。
クラシックの世界でも、「音のきれいなピアニスト」と、そうでないピアニスト、などと言ったりするが、
音一つ一つに、きれい、きたないがあるというよりはむしろ、
ハーモニーと、その中でどういう音量バランスで音が鳴らされるか、
ということで、印象が大きく変わってくる、ということだけは断言できる。

曲調にもよるが、左手と右手のバランス、
特に左手の音量をどこまで押さえるか、
そして右手の旋律はどこまではっきり打鍵するかによって大きく印象が変わる。
弱くてもぼやけるし、強いと、違った種類の音楽になっていく。
それはちょうど、スープを作って、最後に塩を加えていく時に、
どこまで加えるか、というさじ加減に似ている。
旋律をサポートする和声の音の組合せや音量は、
水彩画の淡い背景の色使いに近い。
そんなことを何度も感じさせられた。
もっとも私は絵は描けないし、うるさく言えるほど音楽を専門的に知っているわけでもないが。

しかし、正直言って、ピアノのジーンと響く重量感のある低音や、キーンと芯のある高音も好きであって、
ついついそのような音を混ぜたくなってしまう気持ちと戦うのにも苦労した。
昔ホロヴィッツが、演奏者の心には「悪魔」と「天使」がいると言っていたが、
それをうまく制御するのが、名ピアニストなのだろう事が、少しはわかった気にもなる。
出だしを、8分音符ではなくて、16分音符にして
グワーンとスタインウエイを唸らせて、悦に入ってしまった時もあった。
まるでプロコフィエフのトッカータのようなのだが、
そこから先どうするの、ということだ。

ドラムというものが、音楽作りに有効である一方、ピアノで真似しにくいものであることもわかった。
ドラムの、特に小節と小節(フレーズとフレーズ)をつなぐリズムが、
いかにうまいアクセントになっているか、
またそれが、コード変化の単調さをいかに補っているか。
これを音程のある楽器にそのまま置き換えようとすると、うまくいかないことも痛感した。

そして歌声が醸し出すニュアンス、響きそのものから来る雰囲気が、
同じ音程でもピアノの音にしてしまうと、当然のことながら消し飛んでしまう。
そしてそこにはまた別のイメージが出てくるのだが、
それが魅力的なものになってくれるのかどうか、
歌声が決定的役割を果たしている場合、抜け殻のような音楽になってしまわないか、
不安な気持ちにもなった。


この曲の原曲アレンジの中で、私が最も凄いと思うのは、
「ひみつの約束指切りは」のところの部分だ。
J-Total Music というサイトのコード表記によれば、ここは
Am→E7→Amとなっており、このコードは最初のフレーズと同じなのだが、
ここで、弦がざわめくような、第2旋律と言ってもいいフレーズを加えている。
これがあるのとないのとでは、この歌全体の価値も大きく変わるだろう。
このフレーズは、そこでのコードの構成音をバラして奏でているだけなのだが、
この部分で心に不穏な情感が沸き起こってくる方も多いのではないかと思う。
ピアノでは、ここを左手の親指で、中音域で鳴るようにしてみたわけだが、
どんなものだろう。

短調である前半部分はまだコードが動くのでやりやすさがあるが、
悩みは後半の長調部分でさらに大きくなった。
コードがAとE7を行ったり来たりするだけなのだ。
歌謡曲はこれで立派に聴こえるのだから、
ドラムや楽器の組み合わせによる編曲の力は大したものだと思う。
そもそもこの曲は、使用されているコードの種類が少ない。
これがやりづらい根本原因と思う。
編曲者の腕の見せ所なのだろうが。

原曲のアレンジを極力忠実に取り入れた1番に続いて、
2番をどうするかで、悩みはさらに深刻になった。
例によって同じように繰り返したくはないが、ガラッと変え過ぎるのもどうかと思う。
悩んだ分、ちょっとやりすぎた感もある。
ミステリアスを通り越して、神秘さが漂ってしまったか。
気に入っていただけるかどうか。


今回は、悩みが深かった分、
愚痴ともとれる駄文を長々と書いてしまった。
そのついでと言っては何だが、
いわさきちひろさんの絵を使った映像は、
ともするとその絵の魅力に引き込まれて、
また歌詞との関連性に気を取られたりして、
音に集中できにくい、という副作用もあることを痛感している。
絵を見ないで聴くことも、ぜひお試しいただければと思う。

天地真理 「ちいさな恋」
 作詞:安井かずみ、作曲:浜口庫之助、オリジナル編曲:馬飼野俊一
 ピアノ編曲:真



音声のみのwavファイル
 ちいさな恋 Piano Arrange

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コメント

真さん
このブログは大変興味深く読ませていただきました。わずか3分間の曲の制作に気の遠くなる作業だったのがよく伝わってきます。それでも完成品はすばらし出来栄え。ありがとうございます。

さて、私が最も驚いたのは以下の部分です。

「ちょっとタッチを(音量調整を)間違えると、バケツをひっぱたいたような音や、爆音のような重量感のある音まで出る。同一音を連打すると、はじけるような音までする。おまけに同一音量でも、音程によって音色のムラが結構ある。ある音は柔らかく、ある音はキンと響く」

音楽ソフトなのに正直すごいと思いました。これは「元のピアノの整音自体にムラがあった」のではなく、調律・調整・整音を完璧におこなったスタインウェイでもこうなります。というか、完璧なほどこういう現象が出てくるのが恐ろしいところです(笑)。音楽ソフトは結構単一な音しか出ない、と思っていたのですがすごいですね。

昔、何かで読んだ記事の中に「スタインウェイはまるでスポーツカーである。驚くほどよく走るが、ちょっとハンドリングを誤るとたちまちコースアウトしてクラッシュしてしまう」という趣旨のものがありました。ちょっとでもコントロールをミスすると「爆音」「「キンキン音」「不快音」が出てくるので気が抜けないですね。私もよくやってしまいます(笑)。

凝り始めるとキリがありませんが…。ますます次作が楽しみです。ありがとうございました。
太田忠

太田さん

大変興味深いコメントありがとうございます。
実際にスタインウエイをお使いだからこそのお話ですね。
この手の話題、大好きであります。
YouTubeでの太田さんの演奏を聴くと、
しっかり手なずけておられるように感じます。

身近なところでは、アップライトとグランドの違いなども、
実際弾いて見ると別の楽器かと思うほど差がありますね。
もっともこの場合は、グランドのほうが断然弾きやすく、表現力があるといった、
扱いやすい方向だけのように思われますが。
グランドピアノに慣れると後戻りできないと言いますが、
スタインウエイとその他のピアノについても、そういうところがありますでしょうか。

私は随分前に、ある発表会でスタインウエイを弾かせてもらったことがありますが、
おっしゃることの片鱗をおぼろげながら感じました。
当日一回触ったぐらいでは上手く活かせませんが。
ピアノを購入する時、購入前の特権で(車を買う前と似てますが)
いろいろなピアノを試させてもらった時、
分不相応にも、参考のためにといろいろ触らせてもらったこともありますが、
安い材料で大量生産された(従って均質性は抜群なのですが)ピアノからは、
薄っぺらい、暴れるような音がしたことを思い出します。
しかし同じ暴れるようでも、スタインウエイなどのレベルでは、その質が全く違うようですね。

高城重躬さんの書かれた「スタインウェイ物語」という本には、
タッチの調整などについても実体験をもとに、事細かに、
その奥行きの深さを書かれていた記憶もあります。

ホロヴィッツが亡くなった後、
彼が使用したスタインウエイピアノ(タッチとか音色が特異でした)
を一般人が弾くというツアーがあって、
その記録がネットで公開されたり、
またそのピアノでプロのピアニストが演奏したCDが発売されたりしましたが、
太田さんが書かれたことが、なるほどと思える印象でした。
出すべき時の爆音、出すべき時の硬質音は心地よいですが、
コントロールしきれない時のそれは、余計に腕前の差が目立つ感じがします。

このソフトでは、タッチ(打鍵速度設定)によって音色がかなり変化するので、
結構楽しめるのですが、使いこなしはまだまだ未熟で、
このように聴かれる方がいるとなると、もう少し精通しなければと、
また苦心=楽しみが増えそうです。

頂いたコメントを読ませていただいた後では、
太田さんの演奏のありがたみも、より一層増すように思われます。

真さん

「このソフトでは、タッチ(打鍵速度設定)によって音色がかなり変化する」-。
作品作りはこうなってくると、サイエンスの世界ですね。確かな耳と、イメージした音を
再現するための高度なエンジニア技術が求められるので、ピアノを弾くよりもよっぽど
難しそうです。

ところで、ここからは個人的な印象・見解です(なので読み流してください)。

スタインウェイの前はヤマハのC3Eを弾いていました。10年を経過する頃から、通常のタッチでも中音域より上では「音割れ」が目立ち、いくら調律しても直りません。よく私がジャズを聴きに行くライブハウスでC5、C7という上のクラスのピアノもやはり、同質の「音割れ」の現象が目立ち、なかなか微妙な表現ができない状況になってしまうようです。

ところが、数年前に試弾したヤマハのS4Bというコンサートグランドのひとつ下のクラスのピアノはびっくりするくらい気品のある音が出ました。もちろん新品ということもありますが、衝動買いしたくなるくらいの良いピアノでした(笑)。ただし、10年後はどうなるのか不明です。

ヤマハのコンサートピアノは残念ながら実際に聴いたこともなければ、弾いたこともありません。ほとんど使われていないため仕方がありません。近いようでいて最も遠い存在です。

ところで今やヤマハに買収されてしまったベーゼンドルファーですが、Model225というセミコンを私がレッスンを受けていた先生が所有していたため、1年間くらい弾かせてもらうという貴重な体験をしました。ブリリアントという意味においては、スタインウェイほど華麗ではないのですが、中音域以下は「どこまで深みがあるんだ!」と思うくらいすごいピアノです。同じモデルが今年1月の古賀政男博物館でおこなわれた天地真理さんのイベントにも置いてあり、彼女がそのピアノで演奏しました。相当なこだわりを持たないとベーゼンというチョイスはしないはずなので、さすが古賀先生のカルチャーの流れを引いていると思いました(笑)。

スタインウェイの特徴は、他のピアノよりも暴れ方が激しいこと(ある意味とても危険ですが、思い通りによく切れる包丁を選ぶとすれば、料理人ならば間違いなくこれを選択すると思います)、そして見逃してはならないのは弱音ペダルの威力です。C3Eの時代にドビュッシーの「月の光」の冒頭部分をいくら繊細なタッチで弾いてみてもうまく出せなかったのが、スタインウェイではいとも簡単に表現できます。音の陰影ですね。驚くばかりです。

最後に、私がいつも弾いているスタインウェイピアノですが、別のピアニストによる演奏を
以下に添付しました。弾いているのはリン・ヘイテツという若手ジャズピアニスト・ナンバーワン(だと私が思っている人)であり、ライブ録音映像です。難解なハーモニーが多用されているがためにクラシックよりもピアノの鳴り方は豊かであり、ピアノ表現力のすばらしさやその可能性を考える上でとても興味深いと思います。ライブ前日に磯村さんという日頃はサントリーホールや東京文化会館で仕事をしているコンサートチューナーに1日がかりで調律・調整・整音をおこなってもらい、完璧なピアノコンディションによる演奏です。現在、この動画は対外的には配信していないため、真さん、および真さんのブログの読者の方々への限定版です(笑)。

【In a Sentimental Mood】
ドビュッシーの前奏曲集「沈める寺」を想起させるようなアプローチ。ジャズ特有のスイング感が削ぎ落とされ、さながら近代音楽のピアノコンサートの雰囲気です。
http://www.youtube.com/watch?v=JZnN1QsbDrg

【Body and Soul】
こちらはジャズのスタンダード曲。多彩な表現力で、ピアノの可能性を貪欲に追求しているサウンドが感じられます。
http://www.youtube.com/watch?v=SzjTRNHnJw0

太田忠

太田さん

またまた面白いお話、ありがとうございます。

ソフトは難しいというよりは、面倒くさいです。
おっしゃるように、個別に見ると弾いたほうが早いです。
部分的に表情をつけて弾いてみて、それをまねてソフトを調整したりすることもあります。
表情など、機械的にはどうつけていいか、最初はわかりませんからね。

演奏と楽器の関係は実に興味深いですね。
古くはベートーベンも、新たに発明されたピアノの響きに触発されて、
それが作品に反映されたという話を聞いたことがあります。

ご紹介の録音映像、ご公開ありがとうございます。
すばらしい響きですね。
良い楽器で演奏することを前提としたような曲作りになっているように感じます。
音の混ざり合いがとても心地よいです。

一般にはそうそう最高レベルの楽器に触れることは出来ませんが、
太田さんのおかげで少し身近に感じることが出来ました。
ありがとうございます。

お久しぶりです。

お元気でいらっしゃいますか?
まだ梅雨明けないこの頃。蒸し暑いけだるさに日々体調崩されなき様御自愛下さいませ。


天地真理さんの『小さな恋』
piano アレンジYouTube 聞かせて頂きました。


ワンフレーズを聞いて情景が蘇ってくる素晴らしさ
そして【音】の広がりで感じる同曲独特の味が聞く側の感性を豊かに
このような素晴らしいアレンジで
真理さんの歌が、SHIN様により感動へ・・・


女性だから憧れる夢を膨らませ時には、涙で瞳が濡れてるようでもそれは、素敵な映画・音楽・絵画展鑑賞
したときと同じ感受性です。

たとえば恋する女性は、心豊かな人が多いですものね…。

自分の欲を向上しょうとよりきれいになって積極的になっていくためですものね…。

音楽される方は、感じる五感が特殊なのかも知れないですね。そして何よりも 心の眼が真っ直ぐで、美しい情緒豊かな人が聞く相手を感動へといざなうのですね。

感受性情緒豊かになるならば より良い音楽を聞くことですものね…。


SHIN様 有難うございました。

Lilyさん
感性あふれるコメントありがとうございます。
Lilyさんにとって、ワンフレーズで蘇ってくる情景とはどのようなものでしょう。
この歌は、人によってさまざまな情景を思い浮かべさせるのではないかと思っています。
YouTubeの画面に用いた絵は、少々具体的過ぎたように思いますが、
ピアノの音だけだと、また違った、少々抽象的な情景、あるいは情感そのものが
浮かんでくるのではないでしょうか。

面映いお言葉までいただいて恐縮でありますが、
心が曲がりくねっている人間ほど、まっすぐなものに憧れたり、まっすぐな音楽を追い求めるということもあるかもしれませんね。
ありがとうございました。

真さん
おそくなりすみません。
最初に聴いた時から、これは素晴らしいと思いながら、自分のブログの更新とかいろいろあり、今頃になってしまいました。

最初の印象は、<とても饒舌な「ちいさな恋」>というものでした。<饒舌>というのは決して悪い意味ではありません。非常に内容が多彩で豊か、といった感じですが、そう表現したのでは物足りません。装飾が次から次へと繰り出され新しいイメージが展開していく、そんな感じを<饒舌>と表現したわけです。モーツァルトは饒舌の天才ですよね。

どこをとっても魅力的ですが、特に2番に入ってちょっと愁いを帯びたような表情を見せるところはすてきですね。映像も後ろ姿の少女の絵でぴったりです。それから、そのあと長調に転じるところ、低音の和音や高音の装飾が明るさの中にもためらいが繊細に表現されていると思います。最後の繰り返しは心躍るものですね。
真さんの意図したことと一致しているかどうかわかりませんが、私はこんな風に聴きました。

「天地真理オリジナル・ミュージック・コレクション」が公開、発売されましたが、真さんや太田さんの「ピアノ・コレクション」もどうでしょうか。

ひこうき雲さん
私はひこうき雲さんの音楽評を何度も読ませていただいていますが、
こうやって論評される側の立場でそれに触れてみると、
また違った感慨があることに気づきます。
自分が苦労したところ、心密かにうまくいったと思っているところなどに的確に触れられ、
そこに温かみのある言葉が加わることの心地よさ。
真理さんに関する記事を読むときは「共感」ですが、
自分の手がけたものへの場合は、「理解」していただく幸せ感といったほうがいいように思います。
おそらくひこうき雲さんのお書きになったものを読まれた真理さんも、
同じ気持ちになられたのではないでしょうか。
誠にありがとうございました。

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