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2012年3月

2012年3月25日 (日)

天地真理61 ちいさな恋(1)

「ちいさな恋」(作詞:安井かずみ、作曲:浜口庫之助、編曲:馬飼野俊一)
天地真理さんのシングル第2弾目である。
この曲はファンの間では比較的地味な印象の曲なのではないだろうか。

しかし私には、これがとても天地真理さんらしい素晴らしい歌として強く心に残っている。



ドラムピアノ(いやビブラフォン系か)、弦のピチカートときて、フルートとピアノ、
そして弦がからむイントロは何度聴いてもわくわくする。
短調で始まる出だしのフレーズ、”たまに会えない日もあるけれど”が、
メゾソプラノというよりはアルトに近い音域で、とても心地よく響く。
このフレーズの最後の”けれどー”と延ばされる余韻の響き、ビブラートの心地よさ。
そして、”それでも私は”の響きで、ボーカル好きの人々の心を即座に掴んだはずである。
例によって、”天地真理トーン”とでもいうべき、倍音豊かにしてキンキンしない、
厚みがあって伸びが良い、不世出のファルセットである。
この他愛のない歌詞の歌が、芸術作品として見事に結晶しているかのようだ。

そもそも、”会えない日”は”たまに”である。
つまりほぼしょっちゅう会っているにもかかわらず、
なぜ”それでも”なのか、私には良くわからない。
しかしこの歌手がこのような素晴らしい響きで、とてもひたむきに、
短調の旋律の上下動に沿って”それでも私は待っている”と歌うと、
とても大切な気持ちがこもっているかのように思えてしまう。
しょっちゅう会っているのに、たまに会わないだけで”それでも”待ち遠しいということか。

ともあれ、続いて、短調から長調に切り替わると、
”ちょっとこわいの”という、とてもかわいらしい表現が聴かれる。
この部分、良く耳を澄ますと、とても慎重に、心をこめて、
言葉をメロディーに乗せて発していることがわかるだろう。
しかしそれは、とても控え目な表情付けだ。
控えめだからこそ、どことなく上品さが漂う。

そしてなぜここで”赤い夕陽が今沈”まなければならないのか、これもよくわからないのだが、
”沈むー”と発せられるこの声は、
この歌が、初々しさ、かわいらしさをアクセントとしているようでいて、
また印象的な言葉を散りばめているようでいて、
それらの脈絡が今一つつかみにくい、
つぎはぎ細工の体をなしているかのような中、
そのような小賢しい勘ぐりを見事に消し去り、
荘厳な、奥行きのある、何か立派な、深遠なことが起きたかのような、
不思議な聴後感をもたらす。
このような声の力による天地真理さんの歌の凄さは、語りつくせない。

これに類するこの歌手の声の力は、
YouTubeで紹介されている短いCMソング、
また「真理ちゃんシリーズ」での他愛のない挿入歌などを聴いてみても、
それらにことごとく見事な、芸術作品と言っていいほどの輝きと気品を与えていると、
私は断言していいと思う。

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