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2011年12月 3日 (土)

天地真理59 風を見た人

次の記事を手掛けていて、どうしてもこの曲を取り上げておきたくなった。
天地真理さんのデビューシングル「水色の恋」のB面の曲「風を見た人」である。
(作詞:安井かずみ、作曲:村井邦彦、 編曲:森岡賢一郎)
B面ではあるが、彼女にとって、自分のために作られ、発売された初めてのオリジナル曲である。
聴いた第一印象でわかるだろうが、彼女の歌をいろいろ聴いている人にとっては、
かなり異様な曲である。

まず音域がかなり広い。
「水色の恋」が、ソ#~ド# であったのに対し
この「風を見た人」は ファ#~レ であり、下が長2度(ドとレの間隔に相当)、上が短2度(半音)高い。
彼女は高音はもっと上まで出せるので(少なくともミまではきれいに出している)、
この曲はとりわけ低音方向に音域を広げた曲と言えるだろう。
ファルセットで低音まで出すということは、かなり難しいことのように思う。
それをこの歌手の大きな特長として捉えて、意欲的な作品を作ったようにも思える。
そもそも音として出にくく、言葉も発音しにくい裏声での低音が、
ちょうどその部分での歌詞の異様さと相まって、
ただ事でない心情や緊張感を出しているように思う。

また、中間部の高音域で歌われるところでは、
遅延をかけた声と重ねて2重の声にし、なお且つかなりのエコーをかけている。
私は、彼女のような響きのいい声の場合、このような処理をしない方がいいと思っているが、
この曲では、このような処理によるコントラストが独特の雰囲気を出していて、効果的ともいえるだろう。

この中間部には、後に確立された清純アイドル路線、メルヘンタッチという基準からみると
禁句と言ってもいいような歌詞が使われているだけでなく、
ここの”私を泣かせる”の部分では、彼女としては非常に珍しく、
感情を表に出すかのような、語り言葉としての思い入れ表現が聴かれる。
そして言うまでもないことだが、いわゆるアイドル然とした印象が、
曲全体からも、歌い方からも一切感じられない。

このように、明らかにこの曲は、天地真理さんが歌ったオリジナル曲の中では、
飛びぬけて特異である。
曲自体は、イントロのアレンジから言って、フォーク調と言ってもいいのだが、
歌詞にはメッセージ性や社会性はなく、中間部のアレンジはむしろ歌謡曲調でもある。

シングルのB面は微妙な存在である。
A面ほどまじめに聴かれず、そこに何らかの難があっても聴かずに済まされる。
しかし、もしそこに何らかの特徴的魅力があれば、そこからブレークすることもある。
アルバムより耳に触れる可能性はあっても、B面の失敗は許される、
そんな、いわば少々冒険的なことが出来たり、A面と違う何かを試すことができる場のように思う。
私は、天地真理さんという素材を使ってここで試されたことは、未完成ながら、
”フォークをルーツとしながら、より洗練され、それでもなお、歌謡曲とは違うという意味合いで使われた”
と後に定義された「ニューミュージック」の先駆けと言ってもいい路線ではないかと思える。

ちなみに、小柳ルミ子さんのデビューシングル「私の城下町」のB面は
木彫りの人形」 作詞:山上路夫、作曲:平尾昌晃、編曲:森岡賢一郎
南沙織さんのデビューシングル「17才」のB面は
島の伝説」 作詞:有馬三恵子、作曲・編曲:筒美京平
である。
今これらを聴いてみると、このお二方に関しては、
その後の歌のイメージと比べてほとんど違わない印象を持つ。

かなり短絡的なくくり方だが、、
演歌的な歌い回しができて、型にはまった”うまさ”として認められやすい歌い方の小柳さんと、
声に艶とパンチがあり、リズミックな曲によく合う、後の実力派アイドル歌手の先駆け的歌い方の南さんは、
それぞれ歌手としての売り出し方のイメージが定まりやすかったのではないか。
それに対して、クラシカルな発声で、演歌的な癖がなく、
かといってムード歌謡としては暗さや陰りがない歌い方の天地真理さんの場合、
どのような歌手として売り出していくか、模索されたに違いない。
この曲は、そんな彼女の特徴を生かすべく、その時点で考えられた一つの方向性であったのかもしれない。
つまり基本はシンプルで癖のないフォーク調に置くが、そこから社会性やメッセージ性を取り去り、
若い女性の心情や心理を扱って、より洗練されたサウンドとして仕上げていく、といった
都会的「ニューミュージック」である。
この曲の場合は、明るい都会的さ、ではなく、少々無機質的な茫漠とした都会的さ、だが。
別の歌手が歌えば、どうしようもなく暗い闇に沈み込むような歌になってしまいそうなマイナーの曲だが、
真理さんが歌うと、深刻そうでありながら、暗さや恨みがましさが漂わない、
透明感のようなものを持つところに、
都会的「ニューミュージック」を予感させる新しさが感じられるのではないか。

この曲の作曲家、村井邦彦さんは
プロデューサーとして荒井由美さんをデビューさせた人であり、またYMOを手掛けるなど、
新しいジャンルを開拓することにたけた人であったようだ。
作曲家としても、トワ・エ・モワの「或る日突然」や、赤い鳥の「翼をください」など、
フォーク的ではあるが、それまでのフォークとも歌謡曲とも少々異なる、印象的な曲を作っている。
他にも、この作曲家の曲が、真理さんのデビューアルバムに2曲、カバー曲として入っているが、
その後も、「美しい星」「明るい表通り」「鳩がいる公園」などがアルバムの中で歌われている。
これらの曲は、彼女の歌の中で華々しく成功したと言える部類ではないかもしれないが、
いずれも、どこか新しい切り口を試そうとしたかのような、新鮮な感じが印象として残る。

それまでの女性歌謡曲歌手にはない、声としての響きの良さと、
歌い方に癖や陰りがないという特長は、
それまでの歌謡曲歌手を手掛けてきた作家から見れば扱いにくく、売り出しにくいものであったかもしれないが、
志のある作家、プロデューサーから見れば、歌謡界にイノベーションを起こせる素材と映ったのではないだろうか。
今から見れば、必ずしも彼女に合った曲とはいえなかったかもしれないが、
この「風を見た人」は、そんな彼女の可能性の模索の中での、一つの答えとして示された
とても貴重な作品であると思う。

後付けで振り返った時、「ニューミュージック」の第一段階は、
吉田拓郎、井上陽水、小椋佳、荒井由実、かぐや姫、五輪真弓、といった人々の作品を言うようだ。
このあたりの歌謡史の流れを時代的背景とからめてたどることは、
なかなか面白いテーマであるかもしれない。
「ニューミュージック」は基本的にシンガーソングライターによるものであることが条件のようになっているようなのだが、
明らかに天地真理さんはその黎明期の渦中にあり、
専門の作曲家も時代の雰囲気を受けて、それを模索する中で、
それを具現化する歌手の一人としてみなされていたのではないかということが、
この
「風を見た人」を聴くと、感じられてしまう。

従来の日本的イメージを新鮮な形で引き継ぐ小柳ルミ子さんと、
若くて艶とパンチのあるアイドルの新しい形を切り開く南沙織さんに対して、
この時点の天地真理さんは、何か時代を先取りした、
歌謡曲そのものの新しい世界を切り開く役として期待されたかのような、
アイドル的な香り一つない真剣さ、挑戦的一途さが、
曲自体にも、真理さんの歌唱にも感じられる。
もし「時間ですよ」によるブレークがなかったら、別のカテゴリーでも音楽史に名を残す
イノベーションを起こせたのではないかと想像してみるのも悪くない。

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天地真理」カテゴリの記事

コメント

こんにちは

いつもながら見事な分析で、興味深く読ませていただきました。
この曲は、私には(Youtubeのコメントにあった言葉を借りれば)ミステリアスな作品です。
統一したイメージをもちにくいのですね。
前半の低音部は真理さんもかなり歌いにくそうに歌っているという印象ですが、後半は一転して激しい情念をたぎらせて歌っています。
「ニューミュージック」の先駆けという発想は、私には考えたこともない新鮮な発想ですが、考えてみると村井邦彦さんの作品というのはまさに「ニューミュージック」の先駆けだったのではないでしょうか。真理さんも歌っている「忘れた朝」は実に洗練された「都会的」な作品ですし、真理さんのためのオリジナル「明るい表通り」もそうですね。
ただ、それらに比べるとこの曲は未完成な感じがします。やはりまだ天地真理という歌手の特徴を十分つかめていなかったのではないでしょうか。
しかしその“形成過程”を見るような趣がこの曲にはありますね。

真さんどうも、仁です

頭が煮詰まってきて、真さんとこでなんかヒントでも転がっていないかなあと、そんなことを思って読み始めたら、まあなんと相変わらずの格調高き文面でしょう~(笑)。こりゃ、アカン。全くの藪蛇だった~!
真さんはひこうき雲さんとお話でもすればいいのに・・・、と思ってた矢先に、今度はなんとそのひこうき雲さんのコメントまで目に入ってきたからもう大変(爆笑)!

バカ仁また出直してまいります。お二人のお話には全くついていけませ~ん。真さん、凄過ぎ~(敷居高すぎ~ゴメンナサイ~)。あまりにもバカバカしいとお持ったら、このコメントさっさと消去してくださって結構ですよ~。ではでは 仁

ひこうき雲さん

コメントありがとうございます。
おっしゃるように、まさに”形成過程”という感じがします。
そして、そういう時の作品には、その人の元来の何かが窺われるように思います。
”形成過程”と”村井邦彦さん”をかけると”ニューミュージック”が見え隠れすると思ってしまいました。
本当はその頃の音楽家の方々が語ってくれるといいのですが、
勝手な想像です。

仁さん

「敷居が高い」とおっしゃる割に、たびたびコメントしていただき
大変うれしいです。
「高い」のではなくて、ちょっと敷居の色柄が違うということなのだと思いますが。
頭が煮詰まるほど作曲・編曲に没頭でしょうか。
ここにはヒントがないばかりでなく、かえって混乱させてしまうような気がします。

真さん、こんばんは、pokeです。お邪魔します。

やはり、真さんの記事は深く考察されていますね。いつもながら感心させられます。
かなり異様な曲ですね。フォークのようでもあり歌謡曲のようでもあり、それがまた新鮮に響くのかもしれません。実は、この曲が好きで自分で歌うレパートリーにしている方がみえるんです。(勿論アマチュアの方です。)
比較的最近、それを知り、驚いていたところ、今回の記事を拝見したので、なんとなく不思議な気持ちになりましたし、眼(耳)のつけどころが違うなあと思ったりしました。

それではまた、お元気で!

pokerin3545さん

コメントありがとうございいます。
好きな理由を聞くというのも無粋なことですが、
「風を見た人」を好きな方は、どういう点に惹かれているのでしょうね。
とても興味があります。
時代背景とか、真理さんの歌の中での歴史的意義とかを度外視して、
お好きなのではないかと思いますが、それが何なのか。
そこにこの曲の本質的な価値があるように思えます。
私は歌詞も結構いけているように思いますが。

私は現在、「真さん」を研究中ですが(爆笑)、それはさておき、この歌、よくぞ真理さん挑戦して歌われたものですね・・・難しい、とにかく難しい・・・。
若い方が歌おうなどとは、通常、まず思わない類の歌だろうと思いますね。

でも、「真理さんでなければ成立しえなかった歌」だということだけは、このバカ仁にもわかりますよ。ではでは 仁

◎失礼します。
 「「時間ですよ」によるブレークがなかったら、別のカテゴリーでも・・・と想像してみるのも悪くない。」に共感しまして、日曜日の午後、私もいろいろ想像しました。

 70年は、19歳の藤圭子の全盛期、アイドル歌手(清純路線)は、伊東ゆかり、いしだあゆみ、黛ジュン、森山良子、小川知子、佐良直美など22、3歳前後がたくさんいました。一方、大人(セクシー)路線に転換した奥村チヨ、弘田三枝子も成功しました。
 そこに、デビュー時からお色気ムンムンの辺見マリ(ナベプロ)が、20歳で「経験」がブレーク。71年末に紅白に出場するが、「経験」は封印されるほどでした。この「経験」以降、山本リンダ、朱里エイコ、欧陽菲菲、夏木マリ(中島淳子)など20歳ぐらいのセクシー路線が続出しました。

 真さんの的確な解説にあるように、村井氏の音楽作りの幅はとても大きいです。「或る日突然」「 虹と雪のバラード」「翼をください」の「ニューミュージック」系と同時に、「夜と朝のあいだに(ピーター)」、「ざんげの値打ちもない(北原ミレイ)」など正統な歌謡曲のヒットもあります。
 さらに、「安井かずみ」と「村井邦彦」のコンビとして、辺見マリのデビュー曲「ダニエル・モナムール」を手掛け、「経験」、「私生活」などセクシー路線を築いております。

 こんな状況において、20歳の「斎藤真理」をどうするか・・・
 「風を見た人」は、YTの曲をイヤホンで聞いても、私には、低音部の声が聞き取れませんし、地声部とファルセット部が、誰か二人の声をとってつけたような感じです。
 この「風を見た人」は、「彼女にとって、自分のために作られた曲」なのかちょっと疑問に思います。A面が無名の作詞作曲に対して、B面に、当時既に売れっ子の「安井かずみ」「村井邦彦」の曲をもってきたことが、不思議です。

 二人のコンビが、ちょっと時間をかけ、戦略を練れば、新人歌手が歌い易く、世間受けする曲を真理さんに提供することは、極めて容易であったと思います。なぜ、そうしなかったか。同じ事務所の辺見マリ(「経験」)と対極にあるような曲作りを意識しすぎた結果であり、そして、真理さんが歌いこむ暇もなく、レコード化されてしまったのとだと想像します。・・・ 長々と失礼しました。

仁さん

それはそれは、やりがいのない研究に取り組まれているような。
それはそうと、次のchitaさんのコメントにも絡みますが、
なぜこのような歌を歌わせたのか、歌うことになったのか、
やはり謎解きしたくなりますね。

chitaさん

日曜の午後の想像は、なかなか読みごたえがありました。
ありがとうございます。
歌詞の雰囲気からすると、かなりこの歌はミステリアスな感じが漂います。
そしてこれはこれで、なかなか独創的で、インパクトがあるように思います。
ただ、このミステリアスさが、当時の真理さんに合っていたのかどうか、
そこですでに疑問に思います。。
そもそも、これはデビュー曲として検討された中の一つなのか、
そうでなくて、A面が決まった後の作なのか。
このコンビがもしA面を担当することになっていたら、
この歌を持ってきただろうか、そうでなければ、どんな歌を作っただろうか。
私の勝手な想像では、歌詩は以前よりできていて、
曲はA面が決まってからつくられた、というものです。
A面でないから、かなり冒険をした、そういう印象なのですが。
しかしA面でないものにこのコンビを持ってくるのか。
この時すでに、このコンビは、おっしゃるように、辺見マリさんの「経験」でレコード大賞新人賞をとっています。
この二人が絡むなら、新人の真理さんとも、当然そういうものを狙おうという話があったのではないかと思います。
「経験」も冒険といえばかなり冒険ですから、この曲もA面候補の意欲作だったのかもしれませんが。
しかし、この曲を真理さんがレコード大賞新人賞として歌う姿は、ちょっと想像できませんね。

真さま

はじめまして こんにちは。

L'ecole de Mari
高尚なMusic Essaysを 無知ながらそんなイメージで楽しませて頂いています。
今回は「風を見た人」が真理さんにとっての初めてのオリジナル、という文章に
特に心を引かれました。
私は、「水色の恋」からの天地真理さんのファンです。HNはとりあえず Lunoに
しておきます。
同性のせいか、真理さんは大好きな先生でありお姉さんという感覚が強く、
ある恩を抱き続けていて、「アイドル」とは括れない思いがあります。
真理さんを好きになった動機を話そうとすると涙が先にあふれてきて
何から話していいかわからなくなってしまいます。

全ては目に見えない縁でつながっているのか、
洋楽好きの兄が「楽器屋に行く」と言わなければ、
当時小学生の私が「私も水色の恋 を買いたい」と口に出すことはなかったでしょう。
そして意外にもそれについては家の誰も反対をしませんでした。
遠い道のりを兄について 歩いて買いに行ったときの風景が浮かんで来ます。

その頃の私にはこの一枚きりのレコードが真理さんと会えるほとんどの接点でした。
ジャケットの表と裏面、黒いレコードのA面とB面、それが
私にとってほぼ全ての天地真理さん。
夜はレコードを聴き終わるとぬいぐるみ達と枕に並べて寝て、
朝はレコードをかけながら支度をしランドセルに入れて登校しました。
そんな生活でB面の「風を見た人」も朝夕繰り返し聴きました。

まずジャケットにある歌詞を読んで、とても素敵な詩らしい詩と思いました。

わたしは見たい 風の姿を
わたしは見たい あなた 心のなか
(ああ、ほんとうに、人の心は見えない、それを「風」に喩えるなんて、すごい!!)
文学的な香りにすぐに包まれました。安井かずみさんの詩は
国語の授業で「詩を書く」というときにとても参考になりました。

針を落としてみると、暗い曲!音がひくーい、でもとても歌詞に合っています。
特にサビの部分は例えば「越路吹雪さん」が歌っていてもおかしくないような
箔のある感じがします。
歌詞と列記されている輝かしい経歴。
「国立音中・高校を出て、しかもヤマハに学ばなければこんなきれいな声の
歌手になれないのか」とそのプロフィールの文字さえまぶしく見えたものです。

わたしは見たい みつめられたい
わたしはきっと そのままねむるでしょう

暗い詩と曲調は、そのときの私の心にあった ある不安と寂しさを鎮めてくれました。
もしも一つだけ注文を付けるとしたら最終のメロディーが「ちゃんと終わ」って
くれたらなお良かったかも知れません。

以上が「風を見た人」の私の遠い思い出です。

そしてこの手紙を書くにあたりまた何回も「風を見た人」を聴いてみました。

私のような小学生にとって良かったのは「水色の恋」はほんとうに愛らしい等身大の
真理さんそのもの、B面は真理さんの文学少女としての部分をより掘り下げた
空想の余地がいっぱいある歌という点です。
白雪姫ではなく、(どちらかと言えば)ジュリエットみたいな心の人が
人には涙を見せないように泣いている、そんなB面だと感じていたように思います。
小学生が「水色の恋」の次に、それよりも、幼い童謡みたいな歌を聴くのは成長期には
合わなかったでしょう。

こんな曲の洗礼を受けたのは後々のためにもとても良かったと思えます。

ジャケット写真(表情や衣装)もAB面もブルジョアの女子学生という感じで
よく合っています。
1971年頃の二十歳というと、すごくしっかりしたおとなだったのですね。
製作者達は真理さんの音楽的知識教養を知るにつけ
「国立音大からクレームがつかないような重厚な歌を」
「イタリア歌曲などもマスターしている彼女から逆に自分達が低く思われないように」
と緊張し過ぎたのかな?(わからないです!失礼なことを書きました。)
「風を見た人」を聴くと、昔も今も迷宮の世界にはまってしまいます。

皆さまのお話を聞いてみると、私としてはこの歌に似た系統として
熱唱さでは弘田三枝子さんの「人形の家」
暗さでは松山千春さんの「窓」、
幻想性では原田真二さんの「Candy」を思い出しました。

「風を見た人」を取り上げて頂いたので、これまで漠然と感じていたことを
思い起こすことが出来ました。
真さま、ありがとうございました。
幼稚な文を長々と書いてしまってお許し下さい。

また私なりに楽しみに学ばせて頂きます。
出来ましたらこれからもよろしくお願い致します。
ではお元気で良いお年をお迎え下さいね。(ルノ)

Lunoさん

たいへん素敵なコメントをありがとうございます。
またお一人、貴重な真理さんファンがいらっしゃることがわかり、感激しております。
真理さんを尊敬の念とともに見つめていらっしゃることが伝わってきます。
この曲を朝夕聴いて登校する小学生は、なかなかいなかったと思いますが。(失礼)
すでにネット界にも何人かいらっしゃいますが、
同性のファンの方の存在は、真理さんにとっても、とてもうれしいことなのではないでしょうか。
私の鹿爪らしい長文はともかく、
このようなコメントこそ真理さんにも読んでいただけないものかと思います。

この歌の詩は、今聴いてもとても印象的で、
聴き手の思いを膨らませるものがあると思います。
「風を見た人」というタイトルも秀逸ですね。
未だにこの詩を、事あるごとに思い浮かべる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

「ちゃんと終わ」らないメロディー、確かに、
作曲者はいろいろ考えたんでしょうね。
何か終わらない、尾を引くイメージを作り出す作戦なのでしょうが、
これも異様さを醸し出しているように思えます。

Lunoさんのお話には、まだまだ続きがありそうに思います。
私のブログにコメントとして載せるにはもったいないかもしれませんが、
もしよろしければこれからも、琴線に触れることがありましたら、
ご投稿いただければと思います。
ありがとうございました。

 「ルノ」さんのご指摘<製作者達は、真理さんの音楽的知識教養を知るにつけ「国立音大からクレームがつかないような重厚な歌を」「イタリア歌曲などもマスターしている彼女から逆に自分達が低く思われないように」と緊張し過ぎたのかな?>を読んで、私は、この視点からの発想が全くなかったので、真実かどうかは別にして、とにかく、この着眼点には、目から鱗!!
 確かに、70年以前の芸能界の女性歌手は、宝塚やSKDの出身者はいたでしょうが、純粋な音楽学校を卒業した人は、いませんね、米軍キャンプなどの現場経験者ですね。さらに、歌謡曲の音楽プロデューサーや作曲家(酒井政利氏、村井邦彦氏などなど)も、音楽学校は出ていませんね。
 「製作者達のコンプレックス」説も十分あり得ますね。その後の真理さんに降りかかる嫉妬から来る追い落としも、このような感情によるものなのでしょうかね。

chitaさん

コメントありがとうございます。
たしかに面白い着眼ですね。
音楽的な実力の差は、音楽をかじると如実に感じますし、
ましてや音楽に携わる人の間では、余計に敏感に感じられるのではないかと思います。
譜読みや音程の合わせ方、レコーディング過程の適応力などで、
いやおうなく、わかる人にはわかったのではないでしょうか。
そういうエピソードを、どなたかもっと証言して下さらないものでしょうかね。
こういうことって、他の歌手と比較するといろいろ差しさわりがあるので、
ある意味業界のマル秘事項なのかもしれませんが。

真さまこんにちは。つたない文章から気持ちをお読み取り頂き誠にありがとうございました。数々のご配慮に感謝申し上げます。
私の年代は「ドレミまりちゃん」には遅すぎ主演映画を観に行くのには早過ぎたので、地方でもありレコードやテレビ、懸賞にせっせと応募するというような自宅での応援に甘んじていたことと思います。しかし運動会で「虹をわたって」がBGMに使われたり遠足やキャンプでも真理ちゃんソングが定番であったとても幸せな世代なのです。男子はまあ「仮面ライダーごっこ」などにも興じていたのでやはり真理ちゃんは女の子のためのバイブルのような存在でした(言葉が古いですね)。そんな同世代の人に「天地真理さん」の名まえを出すと皆さんが素敵な笑顔になって「真理ちゃんは特別な人!」と言い、空気もぱっと明るく一変します。当時学校や家庭で悩みなども感じ始めた頃にちょうど真理さんが現れ「微笑みながら歌いながらがんばって」と明るくお手本を見せてもらったことへの敬愛は消えることはないでしょう。今の私たちの年代ではインターネットを利用しない、という人も少なくはなく、新情報を知ったとしても地方型の応援の仕方しか経験がないために大半は今後も静かな応援をされるのではないかと思います。しかし、その気持ちの純粋さ、層の裾野の広大さゆえに何か大きな力も秘めているかもわかりません。私も出来ることがあればささやかでも精いっぱいご恩を返せるようにと願っています。不慣れな者への温かいご指導をありがとうございました。真さま、また皆さま、くれぐれもご健康第一でお過ごしください。


chitaさま、いろいろとありがとうございます。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。chitaさまのコメントからは真理さんを守ろうとなさるお気持ちが強く感じられます。
私は皆さまの論議を拝読し、そこから連想を巡らすしか能がありません。「音大」と聞くと私自身、緊張感を持つのは、音楽の先生に対して、その幼児期からスパルタ式のレッスンを積まれた、と言うようなことを聞いて、自分にも他人にも厳しい性格でおられるという印象が強くあったせいかと思います。クラシックの一流の教育を受けられた真理さんのデビュー曲として、アマチュアの作詞作曲ながらも「水色の恋」は奇跡的にベストであったが、B面ではバランスを図りヒットメーカーのコンビを起用し《哀愁の映画音楽》のような重めの楽曲をイメージして企画されたのではないでしょうか。また、「隣のまりちゃん」をドラマで観終えた視聴者が、その余韻に浸りつつ引き続いて深夜にレコードを聴くとした場合、「風を見た人」は眠りを誘うような静かな曲でマッチしていたように思います。全てchitaさまや皆さまの理論に触れての連想です。真実を知る方がもし読まれたらと思うと恥ずかしいです。1971年の秋に初めて知った天地真理さんに茫然となり千載一遇の思いでレコードを買い求めた私には、愛らしい「水色の恋」とドラマティックな「風を見た人」はとにかく宝物であり教科書でありました。たいへんお邪魔いたしました。chitaさまにとってまた素敵な2012年になりますように。Luno

Lunoさん
コメントありがとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

 ”同世代の人に「天地真理さん」の名まえを出すと皆さんが素敵な笑顔になって
 「真理ちゃんは特別な人!」と言い、空気もぱっと明るく一変します”
というのは、とてもいいお話ですね。
真理さんもとても喜ばれるのではないでしょうか。

「プレミアムボックス」のライナーノーツに、
”子供から大人まで、みんなに親しまれる”
”天地真理に対する子供たちの人気は決定的なものとなる”、
”ファン層の中心がこどもたちとなった”
などという表現があり、
ぬいぐるみ人形などが登場する「真理ちゃんシリーズ」や、
多くのキャラクターグッズなどから考えて、そういうこともあったろうと、
当時中学~高校生だった私としては、異なる層の方々の現象として
漠然とは受けとめていましたが、
実際に、そういう方々の声をお聞きする事が出来て、
その実態が垣間見れるような気がして、
非常に感慨深く読ませていただきました。

このブログの天地真理30のあたりの、真理さんの「人間美」に関するところで触れましたが、
真理さんが子供たちに絶大な人気があったことは、
単に演出や事務所の企画で作り上げられただけのものでない、
この方の人柄、人となりそのものに、その理由があったと思っています。
そしてそのことは、若い頃はよくわからなかったのですが、
今この方の歌を聴くと、歌の作り方、ニュアンス、にまでそれは表れ、
他の歌手に中々見いだせない歌の魅力を形作っているように思えてしまいます。

これをピタリと言葉で表現することは難しいのですが、
Lunoさんが「女の子のためのバイブル」とか、
「明るくお手本を見せてもらったことへの敬愛」と表現された思いの中にこそ、
私が想像する何かが確かにあったという気がいたします。
ありがとうございました。

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