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2011年10月

2011年10月29日 (土)

天地真理56 水色の恋(7) ピアノアレンジ

本ブログの更新が止まっていたのには理由がある。
「水色の恋」の巻の最後を飾るものとしては、やはりピアノアレンジが必要だ。
ということで、恥ずかしながらようやくお披露目となった。
お気に召せばよいのだが。





以下はアレンジに関する説明であって、無理に読む必要はありません。



出だしは、1974年ライブ録音(アルバム「天地真理オン・ステージ」収録)での
真理さんの歌い方、ポルタメントなどを真似してみた。

出だしの部分のコードは、「時間ですよ」第48回(1971年11月頃)で
真理さんがギターで弾いたコード(シングルのものと異なる)を少し参考にした。

歌詞1番に相当するフレーズは、デビューシングルでの伴奏アレンジを極力取り入れた。

歌詞1番と2番との中間部は、
エフゲニ・キーシンが若いころの日本公演で弾いた三枝茂章編曲の「夏は来ぬ」
(キーシンは三枝茂章の編曲を少し変えている)
からフレーズを一部借用し、「水色の恋」の出だしのフレーズパターンを重ねた。

歌詞2番の歌い始め直前のフレーズは、
辻井伸行さん作曲の「風の家」から一部借用した。
これは次のアレンジの一部とパターンが似ているため使ってみた。

歌詞2番の中の装飾は、1976年ライブ録音(アルバム「私は天地真理」収録)での
アレンジを一部参考にした。

これはピアノ独奏できるようになっているが、
内声部が結構あるため、完璧に弾くのはなかなか難しい。

演奏はMIDIで作成した。
作製ソフトは、Studio ftn Score Editor Classic 6.16.0427
音源はAlicias Keys (Kontakt 4用)
を使用した。

2011年10月 7日 (金)

天地真理55 水色の恋(6)

海外の方からこのブログにコメントをいただいたことがきっかけで、
このブログの一部の記事を英文にしたことがあったが、
どうせなら天地真理さんの歌を世界にアピールするチャンスでもあるかと思い立ち、
このデビュー曲「水色の恋」の1974年ライブ版を選び、
私のつたない英語力で英訳した歌詞をつけた。
その中で
「白雪姫 みたいな 心しかない私」
の部分について、やはり少々考えた。

私の英訳は、英詩としてのリズムや韻などは言うまでもなく、
歌の歌詞としての語呂を考えることなども到底できず、
元詩の意味を私なりに出来る限り正確に伝えられるようにのみ努力した。
しかしこの部分は、さすがにその表面的な言葉通りに訳すことはできなかった。
「白雪姫」の原作を私はきちんと読んだことはなく、
Wikipediaのストーリー抄記などを参照した上での解釈なのだが、
「白雪姫」を、運命を受け入れるばかりの、少々お人よしの人間性の象徴とみなし、
この歌において、”さよならの言葉さえ言えな”い、
つまりまだ自己主張の出来ない、少女のような私、ととらえた。
この解釈のもとに、この部分を、
「I was just a maiden like Snow White」
と訳するに至った。
maiden は和製英語としては、メイド喫茶など必ずしも良い意味ではないニュアンスを含むが、
もとより英語としてのニュアンスを知るべくもなく、
また調べた範囲ではさほど悪い意味も見つからなかったので、
その本来の意味「娘、乙女、少女」として使ってみた次第である。

この訳が妥当かどうかはともかくとして、私がここで言いたいのは、
この歌の作詞者は、この「白雪姫」という言葉にさほど深い意味を持たせなかったと
告白されているようではあるものの、


  ひこうき雲さんのブログ記事に、作詞作曲者の談として、次のように紹介されている。
  「天地さんは‘白雪姫みたいな心’という言葉にひかれたとおっしゃいましたけど、
   あれは童話の‘白雪姫’と関係なく、ただフィーリングで可愛いムードを出したかったの。」

白雪姫のストーリーを今一度見てみると、
白雪姫は、才能の象徴である”美”(真理さんの場合、その声と容姿)を持ち合わせていながら、
世間の象徴である継母(真理さんの場合、芸能マスコミや事務所、一部の大衆)からの迫害をうけ、
運命に翻弄され、何度も死の絶望に陥りながらも、
サポーターの象徴である小人に助けられつつ、
しかしその力も及ばぬ死の淵に至り、
本当の理解者の象徴である王子にもらい受けられる。
そして、偶然の象徴ともとれる家来のつまずきで息を吹き返し、
最後は幸せの象徴としての、王子との結婚、というストーリーになっている。
これらは奇しくも真理さんの人生を、少々大げさかもしれないが、
そしてまだそのストーリーの途上で、未完かもしれないが、
実に暗喩的に、象徴的に描写しているように思える。

デビュー当時「ソニーの白雪姫」と名付けられた際には、
単純にその容姿を白雪姫の美に、
あるいはデビューそのものや、来たるべき成功を、王子様との結婚というサクセスストーリーに
重ねただけだったかもしれないが、
この「白雪姫」という一言は、この歌が、真理さんのその後の人生を
奇しくも、良くも悪くも、包含するかのような意味合いまで持たせてしまったかのようである。



さらに私は、この「白雪姫」のストーリーが、
誤解を与えやすい、天地真理さんという存在そのものをも象徴しているように感じる。
白雪姫は、物売り、櫛、リンゴ売り、といった様々なものに騙される。
この白雪姫という存在を、天地真理ファン、あるいは天地真理さんを目にした大衆としてとらえれば、
まずもってその容姿、しぐさ、表情などの映像的魅力に人々は翻弄された。
このことに対して、騙されたという言葉は適切ではないが、
そのことが、彼女がデビュー当初「歌い手として頑張っていきたい」と言っていたことに
様々な障害、足かせとなった面は否定できないと思う。
アイドルたることを求められた結果、
また、その天真爛漫な性格や、まっすぐで潔い気質などから現れ出た行動が、
誤解を招き、重く見られない存在として大衆に浸透してしまった可能性はある。

私は彼女がアイドルとして活躍したことを否定するつもりはない。
また彼女の天真爛漫な性格や、まっすぐで潔い気質によってもたらされた
いくつかの、歌手として以外の活動からも大いに癒された方がおられることを否定しない。
だがそれらがあるが故に彼女自身が、他の名歌手、名俳優とみなされている方々に比べ、
低く見られたり、歌の価値を真正面から評価されなかったりした可能性はあるだろう。

さらには、彼女が「ひとりじゃないの」以降のヒット曲をテレビで歌った場面に時々見られた、
既に心ある方がご指摘のような、多忙ゆえの声の不調や準備不足、楽団との不適合、
あるいはファルセット(特にメゾソプラノの音域でのファルセット)の制御しにくさなどによる、
ある意味、売れっ子アイドルの宿命ともいえる、
歌のそのものの不十分な伝わり方の影響もあるだろう。

これらは、その一断面だけを見れば、名歌手と呼ぶにはいかにも軽く、あるいは不十分なものと
騙されても不思議ではない。
私はそのような誤解されやすさ、わかりにくさが、
天地真理さんを名歌手としてとらえようとした時に存在したことを認めざるを得ない。
それはまさに、何度も巧妙に、あるいは軽薄に、騙されてしまう「白雪姫」のようだ。

私は昔読んだ、森鴎外の「寒山拾得」という小説が何故か心に残っている。
何度読んでもその本当の意味がわからなかった。
しかし、本当に価値のあるものは、実は認識しづらく、
しかもひょっとして、身近な、世俗的には一見重きを置かれない存在の中にこそある、
という示唆を含んでいるようでならない。
また世俗的社会では、権威やマスメディアに容易に騙されてしまう可能性を
教訓として含んでいるように感じる。
私はこれらに符合するような要素が、天地真理さんという存在にあると思う。
天真爛漫な性格や、まっすぐで潔い気質などから現れ出た行動や、一時的な不調などは、
むしろ微笑ましく、時に癒されると感じられる本来の価値以上に、
今聴けば何の疑いもなく認めることができ、他の要素とは独立に見定められるべき彼女の歌の価値をも、
損なうものとなりえてしまう危うさを含んでいた。


実際のところ私にとっても、長い間天地真理という存在は、
私の世代にとって、まずもってアイドルの象徴であり、
名歌手と言うよりは、その魅力をいろいろな形で表現しアピールする「タレント」として映った。
同じ時期にトム・ジョーンズという歌手のアルバムは手に入れいてたから、
歌手のアルバムを聴くということは、中学生ながらできていたはずなのだが、
真理さんのアルバムは当時1枚も聴いておらず、
シングルレコードを数枚手に入れたにとどまっていた。

その柔らかみのある歌声に、他の歌手とは違う魅力を見出してはいたものの、
当時の映像的魅力に翻弄されることによって、
アルバムを手に入れて聴くという対象とみなしていなかったのだろう。

私にとってのその輝きは、地方に住んでいたせいもあって、
テレビに出なくなるというただそれだけのことで、私の意識から消えた。
断片的に垣間見たその後の彼女の姿、活動は、
若さと輝きを失ったアイドルとして、意識の中にうつろにしか映らず、
注目すらしなかった。

その後私は長年の無視の後、昨年になって、ある偶然から彼女の歌の良さに気付き、
プレミアムボックスを手に入れ、
歌、音楽という、騙すことのできないものから真実の価値を見出すことができたが、
それはまさに、
YouTube等のインターネット環境が整った時代としての幸運や、
そこに既に彼女の歌の良さに気付いていくつかの歌をuploadされていた方々の存在、
それらをちょっと検索してみようとした全くの偶然、
またそれまでの音楽体験、人生経験など、
若いころ気付けなかったものに気付けるようになっていた偶然が、
家来のひとりが木につまずいた結果、喉に詰まったリンゴを吐き出し、息を吹き返したという
偶然を象徴した「白雪姫」のストーリーに見事に重なる。
この歌の「白雪姫」という一言は、私も含め、
息を吹き返したファン、あるいは未だ息を吹き返していない仮死状態の元ファンの人生をも
包含するかのような意味合いまで持たせてしまったかのようである。

この曲が、単なる記念すべきデビュー曲という以上に、
また他のいくつかの曲と同様素晴らしい曲だという以上に、
どこか私の心の中で年々大きくなっていく、その理由を考えた時、
「あなたの声は いつまでも私の想い出に」という歌詞の、ファンにとっての都合の良さや、
別れの詩を長調の爽やかな曲調に乗って歌うという、その後の彼女の歌の美点を象徴する楽曲的特徴や、
彼女自身がまず出会い、その良さを認め、デビュー曲にまでした先見性、審美眼、運命論的価値に加えて、
「白雪姫」という、言葉としてのモチーフが入ることによって、
白雪姫が遭遇した様々な運命や、享受した偶然の恵みなどが、
上記のような、真理さんの人生そのものや、
何か私の心の中のよどみのようなものを暗喩していると感じるからではないかと思う。


天地真理さんは、先日のデビュー40周年祝賀会で、
この「水色の恋」をフルコーラス歌われたとのことだ。
この祝賀会を挟んで、「水色の恋」について書いてきたものとしては実に間抜けなのだが、
やんごとなき事情でこれに出席することができなかったため、
その「水色の恋」について語る資格は、私にはない。


  会員1名の参加を前提とされていた真理さん、真保さん、事務局の方々、
  そして代わりに行くことができたかもしれない方には大変申し訳ないことをいたしました。
  真理さんのデビュー40周年を直接お祝い出来なかったことへの埋め合わせは、
  私なりの別の形での活動等で償いたいと思っています。

祝賀会の模様は、いくつかの諸先輩によるブログで報告されている。
私は、天地真理さんがこのデビュー40周年祝賀会という記念すべき日に、
この「水色の恋」を選ばれ、歌われたという事実だけで今は満足している。

そして、私は真理さんがこの歌をどのように歌われたかを体感することはもはやできないとしても、
報告された様々な感想や体験記を見渡してみると、
前回記事「水色の恋」1976年ライブ版の中で述べたように、
恐らく真理さんは、歴史となったこの歌で、音域が広く歌いづらいこの曲で、
この歌はこういう歌だったということを威厳を持って示すと同時に、
「今の天地真理」を、隠すことなく、余すところなく、精いっぱい、
それこそ私が人間美として認めた、まっすぐさ、潔さ、誠実さを持って歌われたであろうことは
疑うことができない。

2011年10月 4日 (火)

天地真理54 水色の恋(5)

(3)「水色の恋」1976年ライブ版

「私は天地真理」と題されたこのライブアルバムでは、
天地真理さんの素晴らしい声を堪能することができる。
そして、私はいくつかの感慨を持って、このアルバムの中のこの歌を聴く。

ホ長調(E)ミから始まる(デビューシングルの音程に戻る)。テンポ(四分音符)=97
歌詞1番は彼女自身のギターによる弾き語りで始まる。

何と端正な歌い方なのだろう。
デビュー曲を無残にデフォルメして歌う歌手が多い中で、
これは全くその逆を行っている。
2番の歌詞「何故かしら 夢の中」の部分ですら、
前記2つの歌唱では少々音を変えたチャーミングな歌い方をしてたが、
ここではきっちり楽譜通りである。
一言一言噛み締めるような、一歩一歩踏みしめて歩くような、
この時彼女は何を考えながら歌ったのか、
そんなことを思いながら聴いてしまう、そんな歌い方である。

デビューから5年たち、幾度となく歌ったであろうこの曲を、
ここでまたライブのオープニングで歌うことは、
もちろんこの歌への感謝、愛着があってのことだろう。
しかし彼女の中でこの曲は、この曲の最高の歌唱を成し遂げようと考えるような対象ではもはやなく、
彼女の中で既に歴史となり、評価の固まったものを、いかに崩さず、元のままに示すか、
そして同時に、その時の天地真理の状態をどう素直に投影するか、
といったような存在になっているように思える。
音程から考えても、ギター弾き語りであることから考えても、原点回帰であるのだが、
その時の天地真理を
未来へ示す、一つの刻印であるとも受け取れる。

この歌の微妙な情感や、爽やかな曲想を堪能するには1974年のライブ版の方がいいかもしれない。
ただ、このライブ版で、この直後に歌われた「童話作家」が、その情感、声、ともに素晴らしく、
信じられないほどの名唱であることを考えた時、
どこかこの「水色の恋」は、コンサートホールの玄関にある立派な置物のような、
外に対しておもねることなく、そこの中身を象徴し、保障するかのような凄みを感じさせられ、
私は思わず襟を正し、正座したくなるような衝動に駆られる。
平たく言ってしまえば、この歌はこういう歌だったんです、といっているかのような威厳と、
こんな風に歌えるようになったんです、という自信にあふれている、と言ってもいいかもしれない。
彼女は、歌手としてひとまわりもふたまわりも大きくなった姿を、
愚直なまでに端正なこの歌い方の中に示しているようでならない。


そして、何と厚みのある、奥行きのある声なのだろう。
このアルバム全体に言えることだが、
声そのものが、素晴らしい艶と伸びを持っている。
普通の声量の部分でさえ、喉の1段深いところから声が出ているかのような印象を抱く。
驚くべきことに、ここですでに多くの倍音を含んだ
真理倍音Ⅰ(U4kO6k倍音)真理倍音Ⅱ(O10oU4k倍音)が出まくっている。
そしておなかから声を出したかのようなところでは、
喉のさらに1段深いところから声が出ているかのような印象を抱く。
デビューシングルの時の声が、
やわらかく、軽く出しているようでも響いていく木管楽器のようだとすれば、
ここでの声は、ビオラかチェロが、
弦を弓でこする際の、微妙なかすれと底光りする艶を含みながら力強く発音され、
その乾燥・熟成された木と膠と塗りものからなる胴体を隅々まで共鳴させて、
ホールにウワンと音を放っている、そんな音を思い出させる。

1975年にミュージカルに挑戦して声をさらに鍛えたことや、
テレビ出演などで体と喉の酷使を強いられることが少なくなったことが、
効いていると考えられなくもない。
1976年という年の、公式録音でないライブでの歌声を、YouTubeでいくつか聴かせていただいているが、
どれも素晴らしい声である。
私がこのブログを始めるにあたって書いた記事で紹介した、
「想い出の渚」を歌ったのも1976年のものだった。
1974年の「水色の恋」に言及した前回記事で、
  単にきれいに歌う、上手く歌うということだけでなく、
  声の質的な響き一つで、音響的に聴き手をノックアウトしてしまう力をも、
  この3年の間に、彼女は磨いてもきたのだということがわかる。
と書いたが、それは1976年に極まったと言っていいだろう。
もし私がもう少し都会に住んでいて、彼女のライブを初期から聴き続けていたなら、
この1976年に至れば、どんな映像的魅力にカムフラージュされようと、
その歌そのものを堪能する境地に至っていたに違いないと、私はあえて言い切りたい。


私はショパンの幻想ポロネーズが好きだ。
舟歌も本当に素晴らしいと思う。
それらはいずれもショパン(1810-1849年)の晩年、1846年に出版されたものだ。
もちろんショパンがもっと長生きしていれば、もっと素晴らしい曲を作ったという思いはある。
しかしそんなことよりも圧倒的に、
ここまで極め、これらの曲を残してくれたことへの感謝の気持ちの方が大きい。

歌手ということで考えると、
私は1970年代にトム・ジョーンズという歌手に注目していたことがある。
粗削りだが、その声の伸びや奥行きが異常なまでに凄いと感じたからだ。
この歌手は今でも現役だが、その声の凄さを私が本当に堪能出来るのは、
1965年から1970年(25~30歳)ぐらいまでの数年間のものだ。
人の声は、それが素晴らしければ素晴らしいほど、
その本当のピークは、運動選手と同等に短いのではないかと考えさせられる。

天地真理さんがSONY MUSICに残した歌は1971~1983年(20~32歳)の間である。
その間に残されたものは、どれも味わい深いものだが、
声質や、ステージにおける安定度なども含めた歌手としての実力が、
1975~6年に、文句のつけようがないほど極まったと言えるだろう。
それを象徴する歌声が、この「水色の恋」に示されていると思う。
もちろん、この後の5~10年の間にライブ等の活動をもっと元気で続けられていれば、
同等以上のものを残した可能性は大きい。
しかし、
そんなことより、上記2例の私の経験から、
何かと辛い思いをしながらも、ここまで極めてくれた、
そして決して多いとはいえないながらもしっかりと公式音源としても残してくれ、
それが今も手に入り、素晴らしい音質で聴くことができるこの事実に、
今は素直に感謝出来る。

この少々無骨に聴こえる「水色の恋」から、「童話作家」、「「いちご白書」をもう一度」、
「春の風が吹いたら」...そして、往年のヒット曲「ひとりじゃないの」、「若葉のささやき」、
涙なくして聴けない「ふたりの日曜日」と続くこのライブアルバムを是非とも聴いてみて、
聴き直してみていただきたい。
この「水色の恋」は、何とも正しいところに、
正しくあると思えるのではないだろうか。

2011年10月 2日 (日)

天地真理53 祝デビュー40周年

天地真理さん
デビュー40周年おめでとうございます。
そして昨日、その祝賀会が成功のうちに終わったことを知り、
本当に良かったと思っています。

「私もお母さんもとても嬉しい気持ちで一杯です」
ご本人も良い時を過ごされた様子ですね。
昨年来、真保さんが尽力されたことが、ここでまた一つ実を結んだ、
そんな感じがします。

「真理さんの歌で感動しました」
やっぱり歌われたんですね。

「この年齢でこんなに感動する事は、ありません」
こういうことに年齢は関係ないというよりは、
こういう年齢だからこそ感動できたのではないでしょうか。


さて、恥ずかしながら私は、参加を申し込み、受諾されていながら、
昨日参加することができませんでした。
私の力ではどうにも調整できない事情が発生しまして、
当日銀座まで行くことができませんでした。
私の代わりにもう一人どなたかが参加できたかと思うと、
誠に申し訳なく思います。
こちらからの直前キャンセルに相当することですので、
しかるべき事後処理は、せめて行いたいと思っています。

週単位でみれば、このブログを書くぐらいの時間を捻出することは出来るのですが、
この歳になると、いろいろとやんごとなきしがらみもあり、
ある特定の時間にどこかへ駆けつけるということが、
時として困難になることが多い事情があります。
(「愛ってなんだろ」は見に行くことができたのですが)

企画されたイベントに、そうは出席できないことは自覚しておりましたが、
昨日の祝賀会だけは出席しようと考えておりました。
私の認識が甘かったことを反省しております。

真理さん、真保さんにお目にかかり、祝福の輪に加わりたいということはもちろんですが、
天地真理ファンの末席に名を連ねるべく、
ネット上でご活躍の方々にもお目にかかれるという期待もありましたので、
とても残念です。
昨夜、私事が一段落した後、
現場に行けなかったことが私の心にいかなる変化をもたらすのか、
50代の悲哀と共に、自身を観察してみているところです。

あらかじめお断りしておきますが、
今回祝賀会に参加された方々は、
それなりの立場、事情をお抱えの上でも、
万難を排して真理さんのために集まられた方々であって、
決して常に自由に動けるような、特別な方々ではないことは承知しております。



多少の躊躇と恐れはありましたが、今年からこのようなブログを恥ずかしげもなく晒し、
どちらかと言えば、天地真理さんファンであることを公然と宣言し褒め称える、
天地村サイドの一員になったつもりでありましたが、
可能性はあらかじめ承知はしていたものの、このような事象に直面すると、
そうでないサイドの方々の事に想いが及ぶようになりました。

YouTubeでの、真理さん関連のものの中での最多再生回数を誇る「天地真理 水色の恋」という動画は、
現在までで614,887回の再生
回数にのぼっています。
もちろんこれには同一の方が何度も再生している数も含まれますが、
高評価として投票された方だけでも、今現在354人おられます。
この投票された方々は、ささやかながら何らかの能動的アクションを下された方々ですが、
私は、それすらしない、物言わぬ、しかしこのような動画を、
あるいはひょっとしてこの私のブログなどを、静かに閲覧しておられるような方が、
昨日銀座に集まられた100名弱の方々よりはるかに多くいらっしゃるのではないか、
ということに、遅まきながら想いが及びました。

こんなことは今さら言うようなことではなく、当たり前のことなのでしょうが、
これまでブログで思いの丈を勝手に披露して、
他の方にも少しでも真理さんの良さを再認識して、
時に発言するなどのアクションをしてほしいと思ったりしていましたが、
それはそうなのですが、
ファンクラブに入らぬどころでなく、物すら言わぬ隠れファンの方々に対し、
私は、もっと声を発するべきとは言いづらくなってしまいました。

50代ともなれば、社会的地位に伴うしがらみもあるでしょう。
会社に所属していれば、急な顧客対応もあるでしょうし、
不測の事故対応に駆り出されることもあるかもしれません。
家庭をお持ちの場合、家庭内での立場も微妙である年代です。
奥さんとの関係もあるかもしれませんが、
子供も完全に自立してはおらず、
さらには介護すべき親まで抱えざるを得ないこともある年代です。

一方、天地真理という存在は、
その姿も、その声も、あまりに甘美なものの象徴としてあるのです。
たとえ真理さんを思う気持ちは同じでも、
あえて物を言わぬ、あるいは立場上ものを言えぬ、アクションできぬ方々が
大勢いてもなんらおかしくないのではないでしょうか。

もちろん、昨日万難を排して駆けつけた方々は、
誠に貴重な、有難い、信頼できる、ファンの中のファンであることは間違いのないところですが、
どうか真理さん、真保さんには、
上記YouTube 動画を見てくれた延べ614,887人の方々、
高評価を投票してくれた354人の方々、
そして私のこのような拙いブログでも、延べ20000回を超えて閲覧してくださった方々
の中に含まれる、
その存在、実態を認識しづらい方々の存在にも、
時には想いを馳せていただけたらと、
そしてそれが暗黙のうちに示している、
ご自身の価値の大きさを噛み締めていただければと、
不遜ながら思った次第です。

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