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2011年9月14日 (水)

天地真理50 水色の恋(2)

ご存知のようにこの曲は、天地真理さんがアマチュア時代に出会い、
自らもヤング720やオーディションで歌っていたものらしい。
ここら辺の事情はこちらこちらに詳しい。
作曲者:田上みどり、Feliciano Latasa  作詞:田上えり、Carlos Pesce 編曲:森岡賢一郎 とある。
天地真理さんがアマチュア時代に歌った貴重な歌声がここに残っているが、
細かいところでデビューシングルの曲と異なっている。
つまり編曲者 森岡賢一郎さんの手がメロディーラインにも加わっている。
さらにこれの原曲は、作曲者の一人に併記されている
Feliciano Latasa の「Hotel_Victoria」なのだそうだが、
類似しているのは初めの8小節のみである。
恐らく、タンゴの世界ではこれをモチーフと言い、
ここが同じならその後の展開がどうであっても同じものだという主張なのだろう。
「Hotel_Victoria」の初演は1906年なのだそうだが、
この記事によれば、どうもそのメロディの由来はもっと古く、スペインの作者不明の曲を
Latasaか誰かがタンゴに取り入れた、ということらしい。

大いにいわくつきのこの曲だが、ここで、
印象的な歌詞と並んで、その歌詞を非常に効果的に印象付けるメロディー、
そしてその背後にあるコード進行に注目してみたい。

この曲は長調である。
従って、別れの曲であるにもかかわらず、
どこかすがすがしく、爽やかな印象を受ける。
しかし、ただあっけらかんとした朗らかさではなく、
憂いや、想い出に揺れ動く心情などが
歌詞と絡み合って、音楽としても表現されている。
これは長調の中での、メジャー(長調)コードとマイナー(短調)コードとの
絡み合いからくる効果ではないかと思う。
そしてとりわけこの曲では、時々ハッとするようなメジャーコードの使われ方が
救いや希望のような感覚をもたらすことに有効に働いているように思う。

真理さんはデビューシングルではホ長調で歌っているが、
認識しやすいように、ハ長調に移調してコードを示してみる。

C              CM7        C6             Dm
さよならの 言葉さえ 言えなかったの
G7        Dm           G7          C
白雪姫 みたいな 心しかない私
C              CM7        C6     Dm
遠く去って 行く人に 涙だけが
F      Fm   C     (Am)  D7     G7  C
ひとしずく ひとしずく 飛んで行くの

C              CM7        C6             Dm
あの人に さよならを 言わなかったの
Dm           Dm7         G7         (Gm7)  A7
さよならは お別れの ことばだから
Dm       Fm  C          A7
あなたの姿 あなたの声は
Dm      Dm7 (F) G   G7     C
いつまでも   私の 想い出に

ご存知のように、主要三和音というものがある。
ドミソ、ドファラ、シレソ の和音で、コードネームで言うとそれぞれ、C、F、G である。
昔の童謡などはこの三和音だけで出来ているものも多い。
これだけだと、あっけらかんとした明るい曲となる。
長調なのに別れの曲としての憂いを持った情感をこめられるのは、
マイナーコードが効果的に混ざっているところにある。

旋律と無関係にコードは付けられないので、
マイナーコードがうまくあてはまるような旋律線を持つ、と言い換えてもいい。

C              CM7        C6             Dm
さよならの 言葉さえ 言えなかったの

この部分では、Cのコードの一部の音だけが7th、6thと変わっていくことによって
どこか落ち着かない、不安なイメージが増していく。
C6というコードはAm7と構成音は同じである。
つまりこのフレーズはこの調で最も安定した印象を与える主和音(トニック)のC(メジャーコード)から
一音ずつ変化していって、Dm(マイナーコード)に落ち着く。
これによって「さよならを言えなかった憂い」が、話し言葉としての無理な強調をしなくとも
自然と、しかしむしろ音楽の力によって心の深いところに有効に届く。

G7        Dm           G7          C
白雪姫 みたいな 心しかない私

G7という和音は不安定な響きで、Cに戻りたいという、
宙ぶらりんな印象を抱かせるが、
さらにそのG7の間にマイナーコードDmが挟まることで、
心残りのある、憂いの気持を思わせるとともに、
「白雪姫」というキーワードが、どこか意味深な印象を与える。

C              CM7        C6     Dm
遠く去って 行く人に 涙だけが

このフレーズの最後の「が」の音は、
田上みどりさん作曲の原曲と変わったところの一つだ。
最初のフレーズと音は同じで、オクターブ上がっただけなのだが、
歌ってみるとなぜか非常に音程を合わせにくい。

F      Fm   C     (Am)  D7     G7  C
ひとしずく ひとしずく 飛んで行くの

このフレーズはメロディーラインとしてとても魅力的なものだ。
F→Fm→C とマイナーコードを挟んで変わっていくコードは
「ひとしずく」という素晴らしい歌詞に、何とも言えない音楽的「味」を加えている。
2つ目の「ひとしずく」は、公式音源ではいずれもコードCで通されているが、
後半にAmをつけても面白いと思っている。

そして「飛んで」の部分のD7が、ハッとするような効果を与えている。
ハ長調の音階にない音(ファ#)が使われるメジャーコードである。
これが、どこか転調したかのような、不思議な爽快感を与える。
この部分の2番の歌詞も同様だが、歌詞的には未練を象徴するような言葉が
このようなコードに乗せて歌われることで、
この曲を、未練がましい悲しい別れの歌から、
メルヘン的な、悲しみが昇華された爽やかさを持った歌へと救い出しているように感じられる。
「飛んで」の部分のD7のかわりに、マイナーコードDmも使える。
参考のためにこの2種類のコードでこの部分の音を作ってみた。
3rdの音がファかファ#かの違いだけなのだが、
どのような印象の違いになるか、ご確認いただきたい。
(その部分の音を少々強調してある。)

Dmを使った場合:
F      Fm   C     (Am) 
Dm     G7  C
ひとしずく ひとしずく 飛んで行くの


D7を使った場合:
F      Fm   C     (Am) 
D7     G7  C
ひとしずく ひとしずく 飛んで行くの


Dmの方は、別れの曲としては自然な感じだが、
D7を使った方が、どこか爽やかさ、鮮やかさが感じられるのではないだろうか。


  面白いことに、この部分のコードは、
  公式音源のデビューシングルと1976年ライヴでは、
  わざわざエレキギターで3rdの単音をつけてのD7が使われているが、
  1974年ライブ(編曲は石川鷹彦と表記されている)の吉川忠英さん(石川鷹彦さんかもしれない)の
  ギター伴奏ではDmが使われている。
  これもまたいいのだが。

C              CM7        C6             Dm
あの人に さよならを 言わなかったの

回想的な憂いを含んだ前半に対し、
「言えなかったの」が
「言わなかったの」へと「わ」一文字が代わるだけで
一転、意思と思いを表明する、鮮やかな歌詞の転換技法だ。
それとともに、永遠に我々の心に残る歌詞へと続く。
上記のアマチュア時代に歌った記録では、この後半部分が聴けないので、
これが
作曲者 田上みどりさんのオリジナルによるものなのか、
森岡賢一郎さんの編曲によるものなのか定かではないが、
歌詞と共に楽曲としても、とても素晴らしく出来上がっていると思う。


Dm           Dm7         G7         (Gm7)  A7
さよならは お別れの ことばだから

今度はDm→Dm7→(Gm7)→A7 とマイナーコードから1音ずつ変化した後
メジャーコードへとつながる。
これは憂いから開き直っていく心情によくマッチしており、
このフレーズの歌詞に力強さを与えている。
最後のA7も、ハッとするような効果をもたらしているのではないだろうか。
ハ長調の音階にない音(ド#)が使われるメジャーコードである。
さらに、普通のコードブックには表示されていないが、
「ことばだからー」の「らー」部分での印象的なストリングスの調べに伴って
このA7の前にGm7が入っているようだ。
この辺は森岡賢一郎さんの編曲の腕によるものだろうが
単純にDm7からA7に行くよりも、一味深まっている。
参考のために、
A7の前にGm7が入らない場合と入る場合の音を作ってみた。

Dm           Dm7         G7          A7
さよならは お別れの ことばだから



Dm           Dm7         G7           Gm7  A7
さよならは お別れの ことばだから



Gm7が入らずに直接A7に行く方は、ストレートな切り替わりという感じだが、
間にGm7が入ると、一度曇るためにかえってA7へ移行した時の鮮やかさが増すように思う。 

Dm       Fm  C          A7
あなたの姿 あなたの声は

歌詞としても、曲としてもクライマックスを迎えるこのフレーズを
真理さんはデビューシングルで、とても情感豊かに歌っている。
Dm→Fm と、またC→A7と移行するちょっとした意外性は、
これもハ長調の音階にない音を含むFmとA7への移行効果だろう。
あたかも転調を繰り返しているかのような、
揺れ動くように切り替わる和声の響きが
切なさを秘めながらも前向きに生きていこうとする心情を、
心の深いところで揺さぶるように高めていると思う。

Dm      Dm7 (F) G   G7     C
いつまでも   私の 想い出に

Dmはこの曲に頻出する、憂いの側を受け持つ基底となるマイナーコードだ。
そこから Dm7→(F) G→G7→Cと主和音(トニック)へ解決していくことで、
この別れの曲が、悲しみや憂い、切なさを含みながらも、
何か救いの象徴としての「姿」「声」「想い出」を、前向きな希望として印象付けている。
曲としては主和音(トニック)へと解決しながらも、
歌詞としては「想い出に」と未完に終わることで、
どこか我々の心に尾を引いて残る、想いの残像、想いの余韻のようなものが
心地よく漂い続けるのではないだろうか。

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コメント

真さん、こんばんは。
先日は身に余るコメントありがとうございました。

今回のは、コード進行レクチャーのような内容ですね♪
私の場合、楽理だめ人間なので、コード理論はチンプンカンプンで、その代わりに「コード進行の常套句」っていうガイド本は持っているものの、それでもほとんど読んでません(涙・笑)。

AメロのⅠ→ ⅠMajor 7th → Ⅰ6th → Ⅱm というコード進行、響きは、真さんのご説明通りと思いますが、真理さんの歌声にぴったりハマってますね。 「ポケットに涙」も同様のコード進行ですから、もしかしたら、それは、「水色の恋」を真似したわけではないでしょうけど、意識はしたのではと(勝手に)思ってます。

また、コード進行は色々なアプローチがあるので、できれば、真さんのアプローチで、”うわっ!”っていうコード進行アレンジをご披露いただけるとありがたいですね!

pokerin3545さん
滅相もない。
あれだけ素晴らしいギターの響きを作り出せる方に読んでいただいて、
お恥ずかしい限りです。
「楽理だめ人間」などとおっしゃいますが、
骨身にしみいる形で体得しておられるのではとお見受けいたします。

私はコード進行の魅力は感覚としてはわかって、
その手の本をいくつかは読んでみたりはしますが、
表面的な知識にしかなっておらず、体得とは程遠い状態です。
いざ自分で作り出そうとすると、もどかしさを感じるばかりです。
「水色の恋」はやりようによってはいろいろな魅力が出るように思うのですが。
pokerin3545さんのようにはうまくいきませんが、
私自身、それなりに音楽をいじってみるのが、
とても楽しく、時間を忘れるところは、同じかと思います。

真さん、こんばんは。

いやいや、持ちあげすぎーです、ほんと(笑)。コード理論はジャズギターをやられる方にとってはmustで習得されているはずだと思いますが、私のようなブルースあがりのものには敷居が高いんですよ。ただ、音楽は色々といっぱい聴いてきましたから、よしあしは分かるつもりですけどね。でも、いま、もっと若かったら、しっかり勉強できたのかもしれません、その点はちょっぴり残念です。ですから、真さんが羨ましいです。ところで、A7の使い方ですが、あれは、Dmに行く前のセカンダリー・ドミナントっていうやつですよね。(行く前に置く4度下の7thコード)

pokerin3545さん
さすがですね。
サブドミナントマイナーとか、ツー・ファイブとかも、使われていますね。
ピアノをかじっているとこういう用語はあまりなじみがありませんけど。
私が「しっかり勉強」したかのようなのこそ、とんでもない買い被りです。
憧れはしっかりあるんですけど。

私は「コード」というのはよくわかりませんので、今回の記事はちんぷんかんぷんで、pokerinさんとのやり取りも火星語のような感じです。
それでも、<これによって「さよならを言えなかった憂い」が、話し言葉としての無理な強調をしなくとも自然と、しかしむしろ音楽の力によって心の深いところに有効に届く。>というようなところは何となくわかるような気がして、この曲が私たちに与える印象が具体的にどのようにつくり出されているかということが(正確かどうかはわかりませんが)わかったように思います。
真さんの多彩な分析がさらに楽しみになってきました。

ひこうき雲さん
コメントありがとうございます。
歌詞にもいろいろな味わい方があるかと思いますが、
メロディーにも、単音のメロディーにコード(ハーモニー)がつくと、
まったく変わったと言うか、実に豊かな、心揺さぶられる感じがします。
そこのところをつたない知識ながらも踏み込んでみようとしたところです。

音楽の力で言葉が心のより深いところへ届くことは、
もとより、ひこうき雲さんがいろいろな形でご指摘の事ですが、
何というんでしょうか、よほど音楽への信頼、音楽としての声への信頼がないと
できない事ではないかと、最近つくづく思います。
こういうことは、ある程度経験を積んだり、いろいろなものを聴いたりして、
始めてわかるという部分もあると思うのです。
この年になって、再び真理さんの歌に出会い、惹かれたことは、
私にとって偶然でもありますが、必然でもあるような気がしています。

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