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2011年4月 9日 (土)

天地真理26 証② 構成美「小さな日記」-2 構成美とは

さて、天地真理さんである。
1974年録音「小さな日記」より。


  この曲をここで全フレーズを紹介しようか、大変迷った。
  今までと違ってここでの記事は、この歌を全曲聴かなければ理解できない。
  公式音源でこれを聴くには、今のところ「天地真理 プレミアム・ボックス」を買うしかない。
  その案内は右にある。
  1曲ぐらいはすべて紹介しても、それをきっかけに「天地真理 プレミアム・ボックス」を買ってもらえれば
  それでいいという考え方もある。
  しかし、この歌が素晴らしことをここで強調すればするほど、
  この1曲をすべて聴くには、できればお金を出して買ってもらいたい。
  それが私の正直な気持ちである。
  できれば Sony Music には、いろいろな曲に接する敷居を低くするために、
  「天地真理 プレミアム・ボックス」をバラ売りしてほしいところだが、
  これに含まれる9枚のCDいずれも、映像が入ったDVDも、すべてが素晴らしい。
  もしこのBlogで天地真理さんの歌に興味をもたれた方には、
  私は自信を持って薦める。

  P.S. 2011年8月に「GOLDEN☆BEST 新・三人娘~天地真理・小柳ルミ子・南沙織~」と称する
     CDが発売された。これに「小さな日記」が含まれている。
     この2枚組CDは1枚目が各自のヒット曲、2枚目がカバー曲となっている。
     カバー曲を3人の歌声で聴けるなかなか良い企画のCDだが、
     欲を言えば「あなた」は、真理さんのものを入れてほしかった。

私は以前スカパーで、
曲とはあまり関係ない映像と共に、歌謡曲を延々と流す番組があって、
いくつかの歌謡曲の間に挟まれて、天地真理さんの「空いっぱいの幸せ」が流れた時に、

それまで流れていた歌謡曲の雰囲気に似つかわしくない、
ちょっと場違いな印象を抱いたのを覚えている。
明るく、清純な路線を引き継いだ曲であるにもかかわらずである。
もちろんこれまで説明してきた、彼女特有の不世出の音色美が、
アイドルのイメージとはかけ離れた、堂々たる印象を醸し出していたこともあるが、

それだけでない、何かよい意味での格式のようなものを感じたのだ。

演歌を中心とした、
間をあける、拍をずらす、テンポを揺する、といった
楽音的強調(デフォルメ)がなく、
嘆く、叫ぶ、泣く、などの話し言葉的強調(デフォルメ)もほとんどない。
それでいて堅苦しく、面白味のない、ガチガチの
Classical Music というわけでもない。
むしろそこから遠く離れた、庶民性の香りもある。
しかも、表情がないとか、うまみがないというわけでも決してない。
何か非常に整った中での、楽譜に記された音楽としての決まりごとは守った上での、
表情付け、盛り上げ方が行われているように思う。
そして、歌詞のとらえ方も、独特の明るい色を持っていながら、
多面的に、なおかつ構成的に的を得たものであることが窺われる歌作りとなっている、
と思うのだ。

私はこれを「構成美」と名付けて、その中身を述べてみたいと思う。

構成美①「端正さ」:
 拍の正確さ、崩しの少なさ、楷書的端正さ。
テンポ・ルバートが少ない。
 ヒット曲をナツメロで聴くと、テンポや拍がひどく崩され、
 極端な例では1小節ずれて歌詞が出てくる、といったデフォルメがなされる。
 私はこういったやり方には、その曲を歌い続けた年輪の重さのようなものは感じても、
 音楽としての美は感じない。

構成美②「言葉と音の表現バランス」:
 
語り言葉としてのニュアンス付けと、音色・音響によるニュアンス付けのバランスの良さ。
 
語り言葉としての表現を強調するため、過度の泣き、うなり、呻きなどが入ると、
 私は音楽として崩れていくように思う。
 かといって、子音、母音を、型にはまった正確な音響的
発声として追及されると、
 味気のない、敬して遠ざけられる模範歌唱のようになる。

 語り言葉延長型表現と楽譜忠実型音響表現のバランスといってもいいかもしれない。
 演歌や実力派歌手といわれる方々の歌謡曲が
、語り言葉延長型表現に偏っている現状では、
 天地真理さんの歌は
、楽譜忠実型音響表現に軸足を置いたように感じられるかもしれない。
 私にはどちらの観点も含んだ、非常にバランスのとれた美点があると思われる。

構成美③「表現の控え目な豊かさ」:
 妙な日本語だが、控え目ながら、豊かさがあるということである。
 歌詞の解釈とそれに基づく表現が、
振幅は小さいが多面的で豊かだ。
 小柳ルミ子さんのような表現の振幅の大きさ、激しさはないが、
 ダ・カーポや森山良子さんが、この曲のある側面にフォーカスした、
 モノトーンな曲作りであるのと対照的に、
 歌詞の中身を重層的にとらえ、
 物語的進行に非常にマッチした、様々なニュアンスの変化が聴いてとれる。
 歌の一つのイメージにフォーカスしすぎるのでなく、
 歌詞の様々な情景、情感に素直に反応した、大げさではないがはっきりとした
 ニュアンス付けがなされている。
 しかもそれが全体の物語構成としても、ふさわしい、納得のいくものとなっている。
 そこに、歌詞の表現として、重層的な構成美を感じる。

これらの構成美について、歌詞1番から順を追ってみていきたい。

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コメント

もう、何も言うことがありません。
真理さんのうたについてこれほど共感できる論考ははじめてです。
音色編でもそうでしたが、真さんの的確でイメージしやすい造語によって
真理さんのうたの特質がくっきりと描き出されていると思います。
つづきをさらに楽しみにしています。

ひこうき雲さん

こちらの方が、返す言葉もありません。
ありがとうございます。

構成美、正にその通りですね。
フォーセインツのオリジナルは記憶の片隅にありました、真理さんが歌ったのを知ったのはほんの数ヶ月前でした。
2番目までは真理さんらしく端正で明るい歌声、ところが3番の「二度と笑わぬ彼の顔」の「の顔」での表現には胸をえぐられる思いでした。
一瞬にして悲しみの底に落ちる、真理さんの声が脳裏に焼き付いています。

tipさん

コメントありがとうございます。
おっしゃる通りですね。
私もプレミアムボックスを買って初めて
真理さんがこの歌を歌っているのを知りました。
若いころに知っていたら人生変わっていたかもしれません。(笑)

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