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2011年2月

2011年2月25日 (金)

天地真理13 証①音色美 「好きだから」-8(周波数ゆらぎ~ビブラート1)

「好きだから」の”しろいー”の部分に見られる第四の周波数ゆらぎは、
ビブラートである。

天地真理さんのビブラートは大変心地よい。
それはなぜなのだろうか。

再度、”しろいー”の部分の音と周波数成分を示しておく。


Voiceprint_shiroi

ビブラートは、
クラシック型(無意識音程型)、演歌型(意識して入れる音程型)、フォーク型(音量型)
に分類可能なのだそうだ。
分類の中身はともかく、音楽のカテゴリーまで規定するのは少し強引だと思うが、
さしずめ天地真理さんのここでのビブラートは

クラシック型(無意識音程型)だろう。

図中に記入した、ビブラートという部分を見てもらいたい。
私が考える、この
ビブラートの特長は、
ビブラートがない部分と、かかる部分との長さの比(ここでは2対1ぐらい)と、
ビブラートが急に大きく揺れず、徐々にその振幅が増えていく点である。

天地真理さんは、いろいろなタイプのビブラートを使うが、
高音部で声を強めに伸ばすときは、大抵このタイプのビブラートを使う。
私はこれを大変心地よく感じる。

ビブラートがかからない部分があることによって、
前項で述べた「軽微ポルタメント・チョーキング」が使えるし、
後で述べる音色の魅力も認識されやすい。
またビブラートのない声が伸びた後、自然な感じのビブラートがつくことにより
自然に近いゆらぎを感じることができる。

振動の分野で、自励振動というものがある。
外部から周期的な刺激がないのに振動が大きくなる現象で、
工学の世界では事故や故障の原因になることが多く、忌み嫌われる現象だ。
学問的には解明する腕の見せ所でもあり、学術論文のネタになる。

  自励振動でない、持続的、あるいは発散的振動は、強制振動と呼ばれ、
  自動車のエンジン(の回転)など、明らかな周期的外力があって、
  揺れるものである。

風によって吊り橋が大きく揺れ、破壊してしまったり、
蒸気や流体を運ぶ配管が大きく揺れて損傷するのも、
この自励振動による場合がある。
一方、自然界では、むしろ心地よいゆらぎが、
この自励振動で起きることが多い。
風が吹いて葉っぱが揺れる現象や、ろうそくの炎がゆらぐのもそれだ。
バイオリンや木管楽器の発音メカニズムも自励振動である。

私が自励振動を思い出したのは、
”いー”の部分で見られるビブラートの振幅の増加の仕方が

自励振動の開始の仕方に似ているからだ。
自励振動の開始時には、その振幅は直線状に(右広がりの三角形状に)広がっていく。
ここでのビブラートの揺れ始め方がまさにそれだ。

私は、ビブラートの発声メカニズムに詳しくないが、
明らかに、強制的に揺らしているようなビブラートもある一方、
グーと声を伸ばしたあと、少し力を緩めると、
ちょっとした音程変化の擾
乱をきっかけに自然に揺れが始まり
喉を取り巻くの筋肉の弾力と重さで決まる固有振動で振動する、
という、
自励振動型のビブラートが起きるのではないだろうか。

もしこのような
「自励型ビブラート」があるとすれば、
天地真理さんのこの例のビブラートがまさにそれで、

自然界の心地よいゆらぎを思わせるため、心地よく感じるのではないか。

これと対照的な比較として、小柳ルミ子さんが「瀬戸の花嫁」で用いた
ビブラートの例を示してみる。

Voiceprint_koyanagi1

この曲の最高音部で出されるビブラートは、
「強制型ビブラート」とでも呼べるものの典型である。
最高音に上がった初めから、いきなり大きな振幅で揺れ始める。
高音で声を張っているときにこれを大きく揺らすのは
喉の周りの強い筋肉が必要と思われる。
この方が技巧派歌手として認められる所以の一つだろう。
自然というよりは強制的な印象から、
たぎる思いが直接的に迫ってくるような感じを抱かせる。
いわゆる絶唱型の歌手が良く使うビブラートといえるだろう。


天地真理さんも「強制型ビブラート」を使うときがある。
同じく「好きだから」の”あかーい”の部分の歌詞1番と2番を聴き比べると面白い。
まず1番から。

Voiceprint_akai1

”かー”の部分は「自励型ビブラート」、
”い”の部分は長めのポルタメントでビブラートなしとなっている。
やさしく、少し甘い感じがする。

一方、2番は、

Voiceprint_akai2

”かー”の部分は小柳ルミ子さんの例ほど急発振ではないが、
”かー”のビブラートの初めの部分から振幅がかなり大きく、
「強制型ビブラート」に近い。
そして”い”の部分は短めのポルタメントの後、
これも強制型ビブラートとなっている。
音色の変化もあるが、1番よりもイキイキ感が強まっているように感じられる。
とりわけ”い”の部分など、短めのポルタメントと「強制型ビブラート」の効果で、
キリリとし印象を受けるがいかがだろう。

「自励型ビブラート」と「強制型ビブラート」の使い分けによって
歌の印象が大きく変わる。
とりわけ、「3分の2伸ばし」+
「自励型ビブラート」は
声そのものに魅力がある歌手が、
聴かせどころでよく使うものだと思う。
天地真理さんの場合、その声質と相まって、
大変心地よい響きとなっている。

天地真理12 ファンクラブ創会アナウンス

天地真理さんの娘、真保さんより
「天地真理ファンクラブ」創会のアナウンスがありました。
暖かく盛り上げていければと思います。

真理さんも結構なお歳ですし(失礼)
私もいい歳なので、
無理なく続くことを願っています。

2011年2月20日 (日)

天地真理11 証①音色美 「好きだから」-7(周波数ゆらぎ~プレパレーション・オーバーシュート)

先日NHKテレビ「サイエンスZERO」で歌声合成技術をやっていた。
初音ミク・
VOCALOID(ボカロ)の開発者、剣持秀紀さん、
Vocalistner(ぼかりす)の開発者、後藤真孝さん、などが出演しておられ、
個々の声の要素から歌を合成していく技術や、
人間らしい歌声に近づける技術、
”ある人”の声を使って、その人が歌ったことのない歌を歌わせる技術、
などが紹介されていた。

ゼロから歌声を作ることを考えると、結構すごいことだと思われた反面、
歌としてみるとまだまだと思えるところもあった。
”ある人”が、なぜ天地真理さんでなくて、安めぐみさんなのか、
合点がいかないところもあったが。

  歌声合成技術関連には、情報処理学会に音楽情報科学研究会というものがあるらしい。
  DTMmagazine という雑誌に「音楽情報処理最前線!」という記事が連載され、
  Vocalistner(ぼかりす)などについての紹介が公開されている。

さて、この番組の中や、上述記事の中で、人間らしい声の特徴として
プレパレーション、オーバーシュート、微細変動、ビブラート、
が紹介されていた。

プレパレーション、オーバーシュート、微細変動、の3つは
”歌唱技術や歌唱スタイルに関係なく生み出される「歌声共通の成分」”
であって、”自然で「人間らしい歌声」としての条件”であるとのことだ。

これらも周波数ゆらぎであり、
既に紹介した天地真理さんの歌の周波数分析結果のグラフに現れているものである。

Voiceprint_preparation

それぞれの定義は、
 プレパレーション=音高変化直前に、変化とは逆方向に振れる瞬時的な変動
 オーバーシュート=音高変化直後に、目標音高を超える瞬時的な変動

 微細変動=発声区間全体で観測される不規則で細かい変動
とのことだ。

ビブラートは後ほど詳しく触れる予定なので、
ここでは、
プレパレーションとオーバーシュートについて、
どんな音響的効果があるのか見てみることにする。

これらは、これまで紹介したポルタメントや短前打音などと比べ、
周波数変化がかなり小さいため、
これ単独の効果はつかみにくい。

そこで合成音を使ってこれらの、有り、無しの比較を行ってみた。

作成した音は、”しろいー”の部分をまねた音になっている。
純音(単一周波数の音)では、あまりに怪談の効果音のようで不気味なので、
倍音をいくつか混ぜて”イ”、
の母音を作ってみた。

  母音の違いは周波数成分の違いらしい。
  人が違っても、母音の種類によって、強く現れる周波数成分(フォルマント)に規則性がある。
  ”イ”は300Hzと2200Hz近辺の成分が強く出る。
  ”オ”は480Hzと900Hz近辺の成分が強く出るらしい。
  天地真理さんの歌でも”しろいー”の部分の母音”イ”、”オ”、”イ”ではそのようになっている。
  したがって、合成音でも、上記周波数領域に対応した倍音を相対的に強くすると
  ”イ”や”オ”に近い音ができる。

また、”し”の子音”sh”は摩擦音なのだが、まじめに作ると面倒なので、
白色雑音でよかろうということで、正規乱数を発生させて波形を作り、

申し訳程度に、”イ”の音の前にくっつけてある。
”しおいー”と聞こえれば御の字である。
かえって怪談の効果音以上に不気味になったかもしれない。
まあ、おいそれと「初音ミク」のようにはいかないわけだが、
一応、3つの音程の間は「超軽微ポルタメント」でつないである。

ではまず、プレパレーションとオーバーシュートがない音を聴いていただきたい。

Voiceprint_preparation1

ゆらぎのない、いかにも合成音といった感じだが、
3つの音程のつなぎは、思いのほかなめらかで癖がないように思われる。
次に、
少し大き目のプレパレーションとオーバーシュートを加えた音を
聴いていただきたい。

Voiceprint_preparation2

”しーゥおーゥいー”と聴こえる。
波形からも予想できる、反動をつけたような、少し演歌っぽい癖のある音になったように思う。

天地真理さんの場合は、第6倍音でみて20~40Hzぐらいのプレパレーション、
30~60Hzぐらいのオーバーシュートである。
これを合成音で聴いてみると次のようになる。

Voiceprint_preparation3

プレパレーションとオーバーシュートは、
無いと、すっきりした、あるいは”ツルン”とした感じになるようだが、
大きく付きすぎると、揺すられるような癖のある音となるようだ。

天地真理さんの場合、プレパレーションとオーバーシュートは控えめで、
言葉の輪郭が自然に聴こえる、程よいものというところだろう。

2011年2月 6日 (日)

天地真理10 証①音色美 「好きだから」-6(周波数ゆらぎ~チョーキング)

「好きだから」の”しろいー”の部分に見られる第三の周波数ゆらぎは、
ポルタメント・チョーキングとでもいうべきものだ。

再度、”しろいー”の部分の音と周波数成分を示しておく。

Voiceprint_shiroi

図中に記入した、ポルタメント・チョーキングという部分を見てもらいたい。
基本波ではわかりにくいが、第6倍音でははっきりと右上がりの緩やかな傾きが見える。
これがある音程に達した所で、上下に揺れるビブラートが始まっている。
このある音程は、グラフから読み取っても、正確に
ソ#の第6倍音(3327Hz)であって
1Hzもずれていない。

つまり、”ろ”→”いー”と続く所では、
短前打音→ポルタメントで、正しい
ソ#の第6倍音(3327Hz)より約50Hz低い音にまず到達し、
そこからゆっくりと
正しいソ#の第6倍音(3327Hz)の音程に達し、ビブラートにつながっている。
第6倍音での50Hzは、基本波では8Hzほどの周波数差である。
人間の耳は2~3Hz程度の周波数差はわかるらしいので、
注意して聴けば音程変化として認識できるかもしれない。
しかし、”い”の部分の基本波554Hzは、その半音下の音との周波数差が31Hzなので
ピアノで言う半音(鍵盤一つ分)の違いの1/4ぐらいの微妙な音程変化である。

チョーキングという用語を歌の世界で使うと歌手が窒息しそうだが、
本来はギターの奏法で、弦を押さえたまま上にずらして弦の張力を高め、
音程を変える奏法である。
チョーキングというのは日本のみで、英語ではベンディングというらしい。
ポルタメント・チョーキングは、ゆっくりと音程を上げるチョーキングとのことだ。
声楽の分野では別の呼び方があるのかもしれない。

私がこれを聴いてチョーキングという用語をつけたのは、
次のような曲を思い出したからである。
(The Ventures   The House of the Rising Sun)

リードギターの Nokie Edwards はアーミングをあまり使わない人のようで、
ここでもチョーキング(ベンディング)によって音程をかえている。

通常のポルタメントも多用されているが、それよりずっと長い周期の、
そして音程変化がより小さく、正しい音程に近づいていく音が印象的だ。
この奏法のメカニズム上、ここでの音は到達点の音程が微妙で
正しい音に届くようで届いていない。
それがかえってこの曲の、何か満たされない気持ちを表現しているように思う。

周波数の変化は次のようになっている。(クリックで拡大)

Voiceprint_risingsun

横軸の時間幅は、上記の”しろいー”に合わせてある。
基本波が低いので、その倍音がせまい間隔でたくさん出ているが、
チョークする時間はほぼ同じの、右上がりの周波数変化が見える。

歌でもこのような音程変化は時々聴く。
演歌の一部の歌手は、このような終点の音程が定まらないタイプの

ポルタメント・チョーキングを意図的に使うことがある。
浪曲の影響なのかもしれない。

これに比べ、天地真理さんのポルタメント・チョーキングは、
終点の音程が正確で、変化する音程が小さい特徴を持つ。

”しろいー”の部分を聴いて私が受けた、
広がり感、奥行き感は、
この周波数ゆらぎによるものと思う。
声がこの曲の中で一番高い音程に達することによる高揚感の中に、
行きつくべき所に微か届かないところから始まり、
ゆっくりと正しい場所に到達している音響的装飾が、
距離感を与え、
奥行き感になっているのではないだろうか。

天地真理さんは、このようなポルタメント・チョーキングを他の曲でもよく使う。
音程が高くなり、声を伸ばしているところで、
広がり感、奥行き感を感じるところがあったら注意して聴いてみていただきたい。
微妙な音程変化「軽微
ポルタメント・チョーキング」となっているはずだ。

2011年2月 3日 (木)

天地真理9 証①音色美 「好きだから」-5(周波数ゆらぎ~ポルタメント)

(Ⅱ)周波数ゆらぎ
まず、「好きだから」の中の、一番高音に達する”しろいー”の部分を聴いていただきたい。

とても良い響きだが、どこか柔らかく透明感も漂う。
「白い」という言葉が、単にその言葉の意味としての色の白さだけでな く、
清らかさ、すがすがしさ、「白い砂浜」が広くひろがる情景まで思い浮かぶ
広がり感、奥行き感が感じられる。
これは
白い」という単語を字として認識しただけでは感じられない、
歌として発声された音によって付加される情感である。
ではなぜそのような情感を、この音は生み出すのだろうか。
私はその理由が、声の音色と音程のゆらぎ(周波数ゆらぎ)にあると思う。

この部分の周波数分析結果を次に示す。(クリックで拡大)

Voiceprint_shiroi

グラフの最上段は前項で示した音圧の波形で、その下が周波数の変化である。
横軸が時間、縦軸が周波数である。
白い線が上下に変化しているのは、音程が変わっていることを示している。

楽器音も混じっているので見づらいかもしれないが、
階段状に変化する白い線が7本横に走っているのがわかるだろう。
そしてその階段の右端に、上下に揺らいだ波のような波形がつながっている。
この波状の波形がビブラートである。
ビブラートをしている音は、この部分では声だけなので、
この線につながっている左側の線は、声の周波数成分であると判定できる。

一番下の基本波と表示しているものが、音程を決めている周波数である。
ここでは”し
に対応して、ソ#(415Hz)→シ(494Hz)→ド#(554Hz)となっている。
その上にある階段状の波形が、この基本波を整数倍した倍音である。

  6つの階段が、上の階段ほど、段の変化する高さが大きくなっているのが気になる方もいるかもしれない。
  1オクターブ上がるごとに周波数は2倍となる。
  (ピアノで半音上がるごとに12√2倍(2の1/12乗倍)になる)
  周波数は、基本波はソ#(415Hz)→シ(494Hz)→ド#(554Hz)と変わるが、
  第6倍音では、周波数はそれぞれの6倍となって、レ#(2490Hz)→ファ#(2964Hz)→ソ#(3324Hz)となる。
  基本波のシ→ド#の音程差は完全1度、周波数差は60Hzだが、
  第6倍音のファ#→ソ#の音程差は同じく完全1度でも、周波数差は360Hzとなるので、
  階段が高く見える。
  ちなみに、基本波をドとすると、その第2倍音、第4倍音は1オクターブ、2オクターブ上のドとなるが、
  第2倍音は高いソ、第5倍音は高いミ、第6倍音は高いソとなる。
  つまり第1,2,3倍音が均等に鳴るとドソドの和音、
  第1,2,3,4,5,6倍音が均等に鳴るとドミソの和音が鳴っていることになる。
  (正確にいえばベース音のドが鳴り、同時に高い音程でドミソの和音が鳴っていることになる)
  倍音が多い声が豊かに聴こえるのはこのだめだろう。
  また、ドミソの和音がもっとも安定感、帰着感があり、音楽の基準和音となっているのも
  これが関係していると思われる。

声の音色は、倍音がどれだけ出るかによって決まる。
これについても面白い特徴があるのだが、これは次の項で触れることにする。
ここでは音程のゆらぎ(周波数ゆらぎ)、すなわちこの白い線の上下のゆらぎに注目してもらいたい。

この例で、4種類の周波数ゆらぎを見ることができる。
周波数変化が拡大されて見安いので、グラフの中の第6倍音の線を見てもらいたい。

第一のゆらぎは、楽譜に書かれた音程の変化(ここではソ#→シ→ド#)に対応した周波数変化である。

のゆらぎは、グラフ中のいーの部分の言葉の初め(語頭)に見られる、
右上がりに少し急に変化している部分である。

  この部分を分析するには、多少の音声学の知識がいるようだ。
  まずその前の「ろ」の母音「オ」から次の「い」に切り替わるには
  周波数成分の変化を伴う。これをフォルマントの変化というらしいが
  グラフ中の「い」の初めの部分に矢印で示したところで白い線の濃淡が変化している。
  今まで薄かった線が濃くなり(例えば2kHz、2.4kHzの線)、
  濃かった線が薄くなっている(例えば1kHzの線)。
  つまりこの矢印の部分を境にフォルマントが変わり、言葉は”ろ”から”い”に切り替わっているが、
  音程はほとんど変わっていないということになる。

ここでの周波数変化をみると、いーの音は、初めは前の語の音程(シ)で始まり、
滑らかに
いーの本来の音程(ド#)に上がっている。
つまりここでは、完全1度の音程変化による装飾音(
短前打音)と、
その音程切り替わりが滑らかに行われる
ポルタメントが使われていると言える。

  音声学的には母音の初め、あるいは母音と別の母音が続くときに
  半母音、または、わたり音と呼ばれる音紋が出るとのことだ。
  これは母音によって主たる周波数成分が異なるために、
  その間の移行のために周波数変化が現れるということなのだろうが、
  ここの”いー”の例では、上記のように既に母音は切り替わった後の音程変化であるとみなせる。

短前打音は、その音を前か後かどちらの拍に入れるかで趣が変わるが、
ここでは、”ろ”の拍の最後から”い”が始まるのでなく、
”い”の本来の拍から始まり、そこから完全1度上がっている。
これは
短前打音のもともと(バッハ、モーツァルト時代など)のリズムの取り方だったようだ。
天地真理さんは他の曲でもこの
短前打音を時々使うが、
大体がこのようなリズムの取り方である。

前の拍から始まる短前打音は、多少ひきずるような、粘るようなイメージとなるが、
ここでのように、本来の拍の頭に入ると、軽快で爽やかな感じを保ったまま、
微妙な味をつけられると思われる。

ポルタメントは「ある音から別の音に移る際に、
滑らかに徐々に音程を変えながら移る演奏技法」とされるが、
特に「次の音に移る寸前に渡りをつけるようにして移行する」とある。
これはうまく使うと情感を表わすのに非常に有効だが、
やりすぎると「悪趣味」となってしまうらしい。

癖が強くて鼻についたり、歌舞伎のようになってしまう。
また音程を取ることに難がある歌手が、
ある音を出してから、正しい音を探してそこへたどりつくように歌うときも
一見これに似た周波数変化になる。
しかし始点、終点の音程を見ればその違いは明らかで、
聴いていても大変聴き苦しい。
心地よいポルタメントを使いこなすには、そもそもの音程の正確さと、
優れた音楽性(うたごころ)が必要だろう。

ここで、バイオリンの素晴らしいポルタメントを聴いていただきたい。
Heifetz plays Zigeunerweisen


次の音程に移る直前に、前の音程からなめらかに上げてつなげていく音が
絶妙な場所で使われている。
これにより、ジプシー音楽的な物悲しさを際立たせている。

それとともに、ポルタメントを使う箇所と使わない個所がある。
それが微妙なニュアンス、寂寥感の中に毅然とした厳しさも入り交る感じを与えている。

 

音程をディジタル的に区切るフレットがあるギターでもポルタメントはある。
ギターではスライド奏法と言うらしい。
この奏法を使った素晴らしい
ポルタメントを聴いていただこう。

ChetAtkins Georgia

使用コードとしてはポピュラー音楽の域を出ていないが、
前の音をはっきりピックした直後のスライド
や、
その前の音をはじいた後にピックせずにスライドするもの、
重音が複数のフレットを超えてスライドするものなど
多彩なポルタメントが気品を保って繰り広げられていて、
素晴らしい名人芸となっていると思う。

歌でポルタメントを多用する歌手は美空ひばりさんだろう。
この方の場合、ポルタメントの間にこぶしが入ったりするのだが、
悪趣味の一歩手前のぎりぎりの線で、まさしく名人芸といえるものだろうと思う。

男声では小田和正さんがはっきりとわかるポルタメントを使っている。

短前打音やポルタメントを使うこと自体は、あまり特殊なことではないが、
天地真理さんの特長は、上記の例に比べて使い方がずっと控えめな点である。
本来の拍の頭に入り、音程変化が短時間に起きるため、
意識しなければ気付かないかもしれない。

しかしその気になってよく聴くと、天地真理さんは微かで精妙なポルタメントを多用し、
そして、これを使ったり使わなかったり、また音程変化の傾きを変化させて
ある時はきっぱりと、ある時は柔らかくと、
心地よいニュアンスをつけていることがわかるはずだ。

しろいーの例では、の音を切らずに続けて、
短前打音と短いポルタメントを使うことにより、
大変やわらかい印象を作り出していると思う。

もう一つの例として、
私はおよめにー行きたいの 赤い花束の部分をもう一度聴いてみよう。

行きたいののきっぱりした感じから一転、
あかーいでは甘い(甘えるようなではなく)、ほほえましい感じ、
単に色が赤いだけでなく、
可憐で愛情のこもった花束のイメージが
浮かび上がってくるように思える。

これの周波数変化を次に示す。

Voiceprint_akai

いきたいのの部分は「お嫁に行きたい」弾むような気持を、
音圧波形で見られるような、
”、の発声をはっきり区切ることと同時に、
ポルタメントを使うことなく
”、”、を発声することで表現している。
それでもどことなく優しく聴こえるのは、声の音色のせいである。

一方、あかーいの部分になると、右上がりのポルタメントが、
の初めに周波数ゆらぎとしてはっきりと認められる。

  母音”あ”の初めの立ち上がり、また”か”の母音「ア」と”い”の切り替わり部分に出る音であるから、
  これは音声学的には半母音、または、わたり音と呼ばれる音紋に当たると思われる。
  音程がはっきりしない話し言葉の場合は半母音と呼ぶしかないかもしれないが、
  ここでは曲の音程として意味のある周波数になっているので、
  ポルタメントといっても差支えないと思う。

”あ”は耳で聴くと気付かないが、ほぼ正確に1オクターブ下の音から開始して
滑らかに1オクターブ上の音につながるポルタメントである。
ピアノなら軽くタッチするグリッサンドといったところか。
しかしこの音程変化が非常に素早いため、音程変化として露骨には認識されず、
言葉の味わいやニュアンスとなって感じられる。
いきなり目標の音を出さずに別の音程から滑らかに音程をスライドさせることによって、
ダイレクトでない印象を与え、やわらかさを感じさせるのではないかと思う。
同時に、拍の頭にこれを入れ、そのスライドの幅を短く整えることによって、
うねるような、粘りつくようなイメージを与えず、
あくまで軽く爽やかイメージを保っていると思う。

参考のために、美空ひばりさんのポルタメントを見てみよう。
ポルタメントの長さや傾きを比較できるようにするため、
上記の
”私はおよめにー行きたいの 赤い花束”と横軸は同じ時間幅を取ってある。
「川の流れのように」から”でこぼこ道や曲がり...”の部分である。

Voiceprint_dekoboko

長周期のうねるようなポルタメントが、ビブラート付きのものも含めて続いている。
前の拍の終わり部分から始まるポルタメントもある。
言葉のニュアンスをというよりは、”でこぼこ”や”曲がり”のうねりそのものを
表すかのようなポルタメントの使い方である。
もともとこの曲全体が、川の流れのうねるようなイメージを印象付ける歌い方となっているともいえる。
声質の影響もあるが、天地真理さんとは対照的に、粘るような、うねるような印象が強い。


ポルタメントは使い方によって悪趣味的になったり、癖が強く感じられる音楽となる。
相対音感に難がある「シロウト」歌手になる恐れもある。

しかし音楽性、うたごころを持っている音楽家が使えば
大変情感が豊かで、ニュアンスの変化に富んだ素晴らしい音楽が生まれることは
疑いようがない。
そして、それとは気付かせないぐらいに微かに、絶妙にこれを用いて
大げさでなく、さりげなく、しかし心底心地よいうたを聴かせてくれる、
天地真理さんはそんな歌手であると思う。
「空いっぱいの幸せ」や「恋と海とTシャツと」などの曲でも、
これを意識して聴いてみるとわかると思う。

このようなポルタメントにあふれていて、
品の良い、豊かなニュアンスの変化をもたらしていると思う。
この「バッハ的短前打音」、「軽微ポルタメント」とでも呼ぶべき周波数ゆらぎの特長が、
明るくさわやかな中にも、温かみや優しさを含んだニュアンスを付加している要素の一つだと思うが、どうだろう。

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