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2011年2月 3日 (木)

天地真理9 証①音色美 「好きだから」-5(周波数ゆらぎ~ポルタメント)

(Ⅱ)周波数ゆらぎ
まず、「好きだから」の中の、一番高音に達する”しろいー”の部分を聴いていただきたい。

とても良い響きだが、どこか柔らかく透明感も漂う。
「白い」という言葉が、単にその言葉の意味としての色の白さだけでな く、
清らかさ、すがすがしさ、「白い砂浜」が広くひろがる情景まで思い浮かぶ
広がり感、奥行き感が感じられる。
これは
白い」という単語を字として認識しただけでは感じられない、
歌として発声された音によって付加される情感である。
ではなぜそのような情感を、この音は生み出すのだろうか。
私はその理由が、声の音色と音程のゆらぎ(周波数ゆらぎ)にあると思う。

この部分の周波数分析結果を次に示す。(クリックで拡大)

Voiceprint_shiroi

グラフの最上段は前項で示した音圧の波形で、その下が周波数の変化である。
横軸が時間、縦軸が周波数である。
白い線が上下に変化しているのは、音程が変わっていることを示している。

楽器音も混じっているので見づらいかもしれないが、
階段状に変化する白い線が7本横に走っているのがわかるだろう。
そしてその階段の右端に、上下に揺らいだ波のような波形がつながっている。
この波状の波形がビブラートである。
ビブラートをしている音は、この部分では声だけなので、
この線につながっている左側の線は、声の周波数成分であると判定できる。

一番下の基本波と表示しているものが、音程を決めている周波数である。
ここでは”し
に対応して、ソ#(415Hz)→シ(494Hz)→ド#(554Hz)となっている。
その上にある階段状の波形が、この基本波を整数倍した倍音である。

  6つの階段が、上の階段ほど、段の変化する高さが大きくなっているのが気になる方もいるかもしれない。
  1オクターブ上がるごとに周波数は2倍となる。
  (ピアノで半音上がるごとに12√2倍(2の1/12乗倍)になる)
  周波数は、基本波はソ#(415Hz)→シ(494Hz)→ド#(554Hz)と変わるが、
  第6倍音では、周波数はそれぞれの6倍となって、レ#(2490Hz)→ファ#(2964Hz)→ソ#(3324Hz)となる。
  基本波のシ→ド#の音程差は完全1度、周波数差は60Hzだが、
  第6倍音のファ#→ソ#の音程差は同じく完全1度でも、周波数差は360Hzとなるので、
  階段が高く見える。
  ちなみに、基本波をドとすると、その第2倍音、第4倍音は1オクターブ、2オクターブ上のドとなるが、
  第2倍音は高いソ、第5倍音は高いミ、第6倍音は高いソとなる。
  つまり第1,2,3倍音が均等に鳴るとドソドの和音、
  第1,2,3,4,5,6倍音が均等に鳴るとドミソの和音が鳴っていることになる。
  (正確にいえばベース音のドが鳴り、同時に高い音程でドミソの和音が鳴っていることになる)
  倍音が多い声が豊かに聴こえるのはこのだめだろう。
  また、ドミソの和音がもっとも安定感、帰着感があり、音楽の基準和音となっているのも
  これが関係していると思われる。

声の音色は、倍音がどれだけ出るかによって決まる。
これについても面白い特徴があるのだが、これは次の項で触れることにする。
ここでは音程のゆらぎ(周波数ゆらぎ)、すなわちこの白い線の上下のゆらぎに注目してもらいたい。

この例で、4種類の周波数ゆらぎを見ることができる。
周波数変化が拡大されて見安いので、グラフの中の第6倍音の線を見てもらいたい。

第一のゆらぎは、楽譜に書かれた音程の変化(ここではソ#→シ→ド#)に対応した周波数変化である。

のゆらぎは、グラフ中のいーの部分の言葉の初め(語頭)に見られる、
右上がりに少し急に変化している部分である。

  この部分を分析するには、多少の音声学の知識がいるようだ。
  まずその前の「ろ」の母音「オ」から次の「い」に切り替わるには
  周波数成分の変化を伴う。これをフォルマントの変化というらしいが
  グラフ中の「い」の初めの部分に矢印で示したところで白い線の濃淡が変化している。
  今まで薄かった線が濃くなり(例えば2kHz、2.4kHzの線)、
  濃かった線が薄くなっている(例えば1kHzの線)。
  つまりこの矢印の部分を境にフォルマントが変わり、言葉は”ろ”から”い”に切り替わっているが、
  音程はほとんど変わっていないということになる。

ここでの周波数変化をみると、いーの音は、初めは前の語の音程(シ)で始まり、
滑らかに
いーの本来の音程(ド#)に上がっている。
つまりここでは、完全1度の音程変化による装飾音(
短前打音)と、
その音程切り替わりが滑らかに行われる
ポルタメントが使われていると言える。

  音声学的には母音の初め、あるいは母音と別の母音が続くときに
  半母音、または、わたり音と呼ばれる音紋が出るとのことだ。
  これは母音によって主たる周波数成分が異なるために、
  その間の移行のために周波数変化が現れるということなのだろうが、
  ここの”いー”の例では、上記のように既に母音は切り替わった後の音程変化であるとみなせる。

短前打音は、その音を前か後かどちらの拍に入れるかで趣が変わるが、
ここでは、”ろ”の拍の最後から”い”が始まるのでなく、
”い”の本来の拍から始まり、そこから完全1度上がっている。
これは
短前打音のもともと(バッハ、モーツァルト時代など)のリズムの取り方だったようだ。
天地真理さんは他の曲でもこの
短前打音を時々使うが、
大体がこのようなリズムの取り方である。

前の拍から始まる短前打音は、多少ひきずるような、粘るようなイメージとなるが、
ここでのように、本来の拍の頭に入ると、軽快で爽やかな感じを保ったまま、
微妙な味をつけられると思われる。

ポルタメントは「ある音から別の音に移る際に、
滑らかに徐々に音程を変えながら移る演奏技法」とされるが、
特に「次の音に移る寸前に渡りをつけるようにして移行する」とある。
これはうまく使うと情感を表わすのに非常に有効だが、
やりすぎると「悪趣味」となってしまうらしい。

癖が強くて鼻についたり、歌舞伎のようになってしまう。
また音程を取ることに難がある歌手が、
ある音を出してから、正しい音を探してそこへたどりつくように歌うときも
一見これに似た周波数変化になる。
しかし始点、終点の音程を見ればその違いは明らかで、
聴いていても大変聴き苦しい。
心地よいポルタメントを使いこなすには、そもそもの音程の正確さと、
優れた音楽性(うたごころ)が必要だろう。

ここで、バイオリンの素晴らしいポルタメントを聴いていただきたい。
Heifetz plays Zigeunerweisen


次の音程に移る直前に、前の音程からなめらかに上げてつなげていく音が
絶妙な場所で使われている。
これにより、ジプシー音楽的な物悲しさを際立たせている。

それとともに、ポルタメントを使う箇所と使わない個所がある。
それが微妙なニュアンス、寂寥感の中に毅然とした厳しさも入り交る感じを与えている。

 

音程をディジタル的に区切るフレットがあるギターでもポルタメントはある。
ギターではスライド奏法と言うらしい。
この奏法を使った素晴らしい
ポルタメントを聴いていただこう。

ChetAtkins Georgia

使用コードとしてはポピュラー音楽の域を出ていないが、
前の音をはっきりピックした直後のスライド
や、
その前の音をはじいた後にピックせずにスライドするもの、
重音が複数のフレットを超えてスライドするものなど
多彩なポルタメントが気品を保って繰り広げられていて、
素晴らしい名人芸となっていると思う。

歌でポルタメントを多用する歌手は美空ひばりさんだろう。
この方の場合、ポルタメントの間にこぶしが入ったりするのだが、
悪趣味の一歩手前のぎりぎりの線で、まさしく名人芸といえるものだろうと思う。

男声では小田和正さんがはっきりとわかるポルタメントを使っている。

短前打音やポルタメントを使うこと自体は、あまり特殊なことではないが、
天地真理さんの特長は、上記の例に比べて使い方がずっと控えめな点である。
本来の拍の頭に入り、音程変化が短時間に起きるため、
意識しなければ気付かないかもしれない。

しかしその気になってよく聴くと、天地真理さんは微かで精妙なポルタメントを多用し、
そして、これを使ったり使わなかったり、また音程変化の傾きを変化させて
ある時はきっぱりと、ある時は柔らかくと、
心地よいニュアンスをつけていることがわかるはずだ。

しろいーの例では、の音を切らずに続けて、
短前打音と短いポルタメントを使うことにより、
大変やわらかい印象を作り出していると思う。

もう一つの例として、
私はおよめにー行きたいの 赤い花束の部分をもう一度聴いてみよう。

行きたいののきっぱりした感じから一転、
あかーいでは甘い(甘えるようなではなく)、ほほえましい感じ、
単に色が赤いだけでなく、
可憐で愛情のこもった花束のイメージが
浮かび上がってくるように思える。

これの周波数変化を次に示す。

Voiceprint_akai

いきたいのの部分は「お嫁に行きたい」弾むような気持を、
音圧波形で見られるような、
”、の発声をはっきり区切ることと同時に、
ポルタメントを使うことなく
”、”、を発声することで表現している。
それでもどことなく優しく聴こえるのは、声の音色のせいである。

一方、あかーいの部分になると、右上がりのポルタメントが、
の初めに周波数ゆらぎとしてはっきりと認められる。

  母音”あ”の初めの立ち上がり、また”か”の母音「ア」と”い”の切り替わり部分に出る音であるから、
  これは音声学的には半母音、または、わたり音と呼ばれる音紋に当たると思われる。
  音程がはっきりしない話し言葉の場合は半母音と呼ぶしかないかもしれないが、
  ここでは曲の音程として意味のある周波数になっているので、
  ポルタメントといっても差支えないと思う。

”あ”は耳で聴くと気付かないが、ほぼ正確に1オクターブ下の音から開始して
滑らかに1オクターブ上の音につながるポルタメントである。
ピアノなら軽くタッチするグリッサンドといったところか。
しかしこの音程変化が非常に素早いため、音程変化として露骨には認識されず、
言葉の味わいやニュアンスとなって感じられる。
いきなり目標の音を出さずに別の音程から滑らかに音程をスライドさせることによって、
ダイレクトでない印象を与え、やわらかさを感じさせるのではないかと思う。
同時に、拍の頭にこれを入れ、そのスライドの幅を短く整えることによって、
うねるような、粘りつくようなイメージを与えず、
あくまで軽く爽やかイメージを保っていると思う。

参考のために、美空ひばりさんのポルタメントを見てみよう。
ポルタメントの長さや傾きを比較できるようにするため、
上記の
”私はおよめにー行きたいの 赤い花束”と横軸は同じ時間幅を取ってある。
「川の流れのように」から”でこぼこ道や曲がり...”の部分である。

Voiceprint_dekoboko

長周期のうねるようなポルタメントが、ビブラート付きのものも含めて続いている。
前の拍の終わり部分から始まるポルタメントもある。
言葉のニュアンスをというよりは、”でこぼこ”や”曲がり”のうねりそのものを
表すかのようなポルタメントの使い方である。
もともとこの曲全体が、川の流れのうねるようなイメージを印象付ける歌い方となっているともいえる。
声質の影響もあるが、天地真理さんとは対照的に、粘るような、うねるような印象が強い。


ポルタメントは使い方によって悪趣味的になったり、癖が強く感じられる音楽となる。
相対音感に難がある「シロウト」歌手になる恐れもある。

しかし音楽性、うたごころを持っている音楽家が使えば
大変情感が豊かで、ニュアンスの変化に富んだ素晴らしい音楽が生まれることは
疑いようがない。
そして、それとは気付かせないぐらいに微かに、絶妙にこれを用いて
大げさでなく、さりげなく、しかし心底心地よいうたを聴かせてくれる、
天地真理さんはそんな歌手であると思う。
「空いっぱいの幸せ」や「恋と海とTシャツと」などの曲でも、
これを意識して聴いてみるとわかると思う。

このようなポルタメントにあふれていて、
品の良い、豊かなニュアンスの変化をもたらしていると思う。
この「バッハ的短前打音」、「軽微ポルタメント」とでも呼ぶべき周波数ゆらぎの特長が、
明るくさわやかな中にも、温かみや優しさを含んだニュアンスを付加している要素の一つだと思うが、どうだろう。

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コメント

真さん
すばらしい労作ですね。

納得しました。いままで漠然と感じていたことが、胸にストンと落ちるように理解できました。
私の知らない言葉もいろいろあって、本当に理解したのか、ちょっと不安もありますが、
勘違いがあったら指摘して下さい。

短前打音とポルタメントというのは、たしかに思い当たりますね。真理さん独特の歌い回し
と言うのをなんとなく感じるのですが、なかなかはっきりつかめませんでした。そのひとつが
見えてきた感じがします。

ポルタメントというとヴァイオリンの場合のような大げさなものを考えてしまうのですが、「軽微
ポルタメント」と言うものもあるのですね。「空いっぱいの幸せ」や「恋と海とTシャツと」にはたしかにありますね。
「ひとりじゃないの」のシングル版は「軽微」というより“見えるポルタメント”ですね。私は「レガートを多用」と書きましたが、ポルタメントの方が正確ですね。

真理さんのうたの魅力がまたひとつ明らかになったようです。ありがとうございました。

ひこうき雲さん

早々のコメントありがとうございます。
「軽微ポルタメント」というのは私の造語です。
真理さんは普通のポルタメントも使いますが、
周波数解析では見えるけど、
意識しないとわからないようなものも多用していて、
それをそう呼んでみました。

私は音声については素人なので
用語とかを参照しつつ書いてみたのですが、
ちょっと今回はHeavyになってしまいました。

真さん、

いよいよ、というか、ますますというべきか、これは、まさに楽理にも通じた真さんでしかなしえない、素晴らしい研究成果ですね。ブラーボ!

真理さんの歌声の最大の魅力(私にとっては)である周波数ゆらぎが、「軽微ポルタメント」に支えられていることを、真さんの精緻な分析によって得心できました。
(余談ながら、ずっとハイフェッツを聴いていなかったのですが、やっぱり素晴らしいですね!)

加えて、感じ入ったのが、短前打音に関するご指摘です。
”本来の拍の頭に入ると、軽快で爽やかな感じを保ったまま、微妙な味をつけられる”というご指摘です。
感覚的な言い方で恐縮ですが、私なんかは、例えばモーツァルトの楽曲を聴いた後で、真理さんの歌を聴いても、違和感なく、自然に、聴くことができるのも、このあたりに秘密(というと大げさかも)があるのでしょうか。

本当に、今回のご発表内容は素晴らしいと思います!

エンポケファンさん

身に余るお褒め言葉、恐縮です。
共感していただけるということは、
エンポケファンさんご自身が、クラシックも含めていろいろな音楽を
感覚的であるにしても、精緻に聴いておられる、
ということではないかと思います。

真理さんの歌が好きな方は、
クラシック音楽や器楽曲も好きな方が多いように思います。
真理さんの歌の作り方によるところが大きいと思いますが、
そんなところにも迫れたらと思っています。

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