天地真理8 証①音色美 「好きだから」-4(弁解)
正直に言うと、前項の検証記事を出すべきかどうか迷った。
その理由の一つは、検証結果の微妙さにある。
天地真理さんの言葉の発声の柔らかさを、音圧変化だけに着目して、
波形の立ち上がりの緩やかさに、その一因を求めたわけだが、
前々項で波形を示して解説していると、もっともらしくもある。
そこでやめておけば、そうかもしれないということで終わっていたかもしれない。
しかし本当にその仮説が正しいかどうかは、それだけでは定かではないわけで、
そこの違いが実際にどう聴こえるかを確かめてみたくなり、
合成波形で比較する方法もあったが、
実際の声を使って変えてみる方が面白味があるだろうと思ってやった結果である。
私自身、波形の立ち上がりを緩やかにした松田聖子さんの声を聴いて
オリジナルと比べて、思ったほど差がないと感じた。
ファイルを間違えたかと疑ったこともあったが、
両耳にイヤホーンをしっかりはめ、その気になって聴けば、
言葉のはじめの、突き刺さってくるような、はじけるような感じは緩まっている。
このようなソフトな立ち上がりが続けば、歌全体にやわらかさが漂うのではないかと、
彼女の歌の魅力の一端を言い当てた気になり、にんまりとした。
しかし一方で、思ったほどの差がない印象も強い。
真理さんの声の立ち上がりの柔らかさだけに関しても、
その半分も再現できていないと思う。
これは皆さんが聴いて感じられたところではないかと思う。
他の歌手と比較する場合、同じ歌で比較しなければはっきりしないこともあるし、
音圧波形の振幅を変えるだけで似せようというのも無理がある。
周波数成分の変化(いわゆる声紋)を見ると、もう少し違った観点もある。
しかし仮説を披露したからには、その因子がどれだけ効いているかを聴いてみてもいい。
大げさに波形を示して、もっともらしく違いを示した割には、
実際の音の差は思ったほどではないというギャップも滑稽だし、
もし差が聴き取れる方がいて、それが彼女の言葉の柔らかさと関係がありそうだと
思う方が出てきても(私がそうだが)、それもどことなく滑稽である。
そう思って掲載することにした。
私は工学の世界にいて、仮説と検証の厳しさを多少なりとも経験してきたつもりである。
仮説を立て、こうではないかと主張することは楽しい。
しかし、現実に起こっている現象をその仮説で本当に説明できるかと問われたとき、
それがうまくいったことは数えるほどしかない。
とりわけ製品として世の中に出るなど、現実の世界にさらされると、
その仮説や解析の不十分さ、的外れさを突きつけられ、
厳しく罰せられることも少なくない。
工学者の意地と誇りがあるとすれば、
もっともらしい仮説を示して煙に巻いたり、
手の込んだ方法で検証をしてみせて再現したと言い張ることにあるのではなく、
その結果を皆さんがわかる形で示し、
皆さんの評価を仰ぎ、自分でも素直に見つめることにあるのではないかと思う。
皆さんの耳にこそ真実の世界があり、
仮説は往々にして間違っている。
その結果についての評価は、素直に分かち合いたいと思う。
もう一つ、迷った理由は、
ちょっとでも具体的に、客観的に分析したら、
常に検証しなければならない、検証がなければ信じるに値しない、という姿勢を、
この音楽芸術の世界に持ち込むことの無粋さである。
私は本来、連想的、情緒的文章を得意とするつもりであるが、
ついつい遊び心で始めた波形解析に多少の反響があったため、
引っ込みがつかなくなってしまった感が ある。
こんなことは音声の専門家がやればもっとたやすく、
的確に解析できるのではないかという気もする。
この調子だと天地真理さんの声を合成するまで続けることになるのだろうか。
しかし、もしそれができたとしても、やっぱり本物の方がいいだろうし、
それで彼女の歌の魅力がわかったとはとても言えないと思う。
私が波形解析を持ち出してまで彼女の歌の魅力を語りたくなったのはなぜか。
もちろん、他の歌手と比較してここが違う、ここが他の歌手と天地真理とを分かつ
決定的な差だ、というものを見出したい気持ちもある。
しかし、音楽というつかみどころのないものを、
一旦波形や分析グラフなどに視覚化し、
それと、自分の心にある音楽体験と照らし合わせることによって、
検証可能な、あるいは検証不能な仮説まで湧きだし、
新たな気付きや感動が得られるのではないかという期待の方が大きい。
今は、照らし合わせる素材が波形解析であるが、
今後ある時は、連想する事物であったり、他の音楽であったりすることだろう。
ここを見に来られた方は、私の結論を盲信しないでいただきたいし、
大いに検証不能な仮説や妄想を膨らませてもらいたいと願う。
ここは答えを見つける場ではなく、
答えを見つけようともがくプロセスを楽しむ場であり、
その答えは、間違いなく永遠に完結しないはずである。
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